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第一章 第三話
東京郊外には、新しく比較的大きな支援学校があった。支援学校の敷地内には、三つの校舎が、立ち並んでいた。校舎のそれぞれには、小学部、中学部、高等部の教室が、設けられていた。その他、保健室、音楽室、職員室などが、配置されており、大きな体育館と運動場が、併設されていた。一学年、七クラスほどがあり、それぞれのクラスの定員は、数名だった。
アナ、カズ、義助は、この支援学校の高等部一年生だった。三人は、一番障害の軽いクラスのクラスメイトだった。三人は、地元の同じ小学校の支援学級の同級生で、その後、支援学校の中学部に進学していた。
年明けのある日、支援学校の授業参観があった。アナの母、カズの母、義助の母が、支援学校の教室に行った。義助の母は、随分とケバい身なりをしていた。地元のスナックのチーママだったのだ。義助は、義助の母の姿を見て、嬉しそうに笑った。夜は、会えないので、こうして昼に授業参観に来てくれたことが、この上もなく、嬉しかった。
「お母さ〜ん」
アナが、教室の後ろを振り返り、満面の笑みで、アナの母に手を振った。
「ハッハハハハ」
教室に笑いが起きた。アナは、クラスのムードメーカーで、いつも笑いを提供してくれた。カズと義助は、そんなアナが、大好きだった。
「アナったら……」
アナの母が、仕方なく手を振り返した。
「それじゃ、数学の授業を始めます!」
支援学校の先生が、授業を開始した。
「え〜、国語が良いな〜」
アナが、悪態をついた。
「アナの好きな科目をやるんじゃないの!」
支援学校の先生も、楽しそうにアナに突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
アナ、カズ、義助は、こうして、楽しく毎日授業をしていた。三人は、気心の知れた仲で、とても仲良しだった。
放課後、アナ、カズ、義助は、支援学校の教室で、帰り支度をしていた。
「カズ、勉強進んでいる?」
アナが、質問した。
「まあまあだね。親には悪いけど、一浪は、覚悟している」
カズは、医師志望で、大学の医学部に行くために猛勉強していた。しかし、友達付き合いも良く、アナと義助とは、常に行動を共にしていた。
「アナは、やりたいこと決まったの?」
「まあ、花屋かな~」
「昔から、何も変わらないな」
「カズだって同じじゃない」
「そうだね。ずっとお父さんの背中を見て来た」
カズの父は、東京の病院に勤める医師だった。
「義助は、将来、どうするの?」
アナが、義助に問うた。
「パラアスリートとして、実業団に入って、お母さんを楽させてあげたいんだ」
「義助は、親孝行なんだな」
「アナもカズも、親孝行だと思うよ」
「まあね……今年は、五輪イヤーか」
アナが、義助が、競技用の義足に履き替えるのを見ながら、しみじみと言った。アナもカズも、義助には、期待していたし、勝たせてあげたかった。
この年は、東京オリパラが開催されることになっていた。三人は、その予選となるパラスポーツ大会に出場することになっていた。
「いよいよだね」
カズが、ワクワクしていた。
「今度が、最後の選考レースだ。勝たなきゃ。練習あるのみ」
義助が、張り切っていた。
「義助は、支援学校の希望の星だから」
アナが、義助にハッパをかけた。
事実、義助は、左足が義足ながら、走り幅跳びで、好記録を叩き出していて、パラスポーツ大会でも、活躍が期待されていた。
「さ、練習練習」
三人は、支援学校の運動場に飛び出して行って、思い思いに自主練を始めた。三人は、こうして、放課後の運動場で、自主練に励んでいた。それは、とても充実した時間で、大げさかもしれないが、生きている実感があった。障害児にとって、打ち込むべき対象があることは、とても喜ばしいことだった。
アナが、四百メートル走の自主練をしていた。
「アナ、もっと手を振ると、勢い出るよ!」
義助が、アドバイスをしてくれた。
「ありがとう! 四百メートル走、タイムどころか、完走できないかも」
「ハッハハハハ」
「まず痩せろ」
「ひど〜い」
アナは、確かにメタボだった。ダウン症の人は、どうしてもメタボになってしまうのだ。
「ハッハハハハ」
カズが、運動場の端の方で、体幹の練習をしていた。カズは、次のパラスポーツの予選大会には、水泳競技に出場することにしていた。土日は、健常児のカズの妹とともに、近所のスイミングスクールの水泳教室に通っていた。カズの妹は、六歳で、四月から、地元の小学校に通うことになっていた。カズとカズの妹は、仲睦まじく、心から助け合っていた。カズの妹は、カズに全幅の信頼を寄せていた。カズもまた、カズの妹を頼りにしていた。
「妹さん、熱心だね」
アナが、カズに声をかけた。アナと義助も、カズとカズの妹が、水泳教室に通っていることを知っていた。四人は、休日、よく一緒に商店街などに遊びに行く仲でもあった。
「とても頼りになっている」
カズが、嬉しそうに告げた。
「大切にしてあげなよ」
アナが、優しく声をかけた。
「恩返し、したいな」
カズが、少し照れ臭そうに微笑んだ。
義助が、支援学校の運動場で、走り幅跳びの練習をしていた。義助は、三人の中では、一番練習熱心で、実際、とても良い記録を出していた。土日も、支援学校の運動場で練習をしていた。そんな時は、いつも義助の母が、練習を見守っていた。義助の母は、義助が交通事故に遭った後、義肢装具士の資格を取って、義助をサポートしていた。パラスポーツの世界では、義足の選手と義肢装具士は、二人三脚の付き合いをしていた。義助の場合、それが義助の母だった。だから、義足は、安心して、練習に打ち込むことができていた。
「義助のお母さん、頼りになるね」
アナが、微笑んだ。
「本当に頑張ってくれている。それに応えなきゃ」
「義助には、頑張ってもらいたいな」
「義助の笑顔が、最高の癒しだからね」
カズが、優しく言った。
「努力は、報われなくてはならない」
アナが、きっぱりと言った。
義助が、パラスポーツに真剣に打ち込む理由があった。それは、義助の父の最期の言葉によるものだった……。
義助が、小学校に上がる時、義助と義助の母が、自宅で夕食を食べていた。
「義助、お父さんの最期の言葉って、知らないよね?」
義助の母が、義助に尋ねた。
「最期の言葉?」
「お父さん、交通事故の後、病院に運ばれて来て、最期に、『義助を……最高のアスリートにしてくれ……』って、言って、亡くなったの。お父さんは、義助が、義足になることを知らなかったから……お母さん、途方に暮れちゃった。お父さんとの約束果たせないじゃんって……でも、パラスポーツがあった。それに救われたの」
義助の父も、地元では有名なアスリートだった。だから、義助の父は、義助を最高のアスリートにしたかったのだ。それを、臨終の間際まで、希望していた。
「そうだったんだ……僕、最高のパラアスリートになる!」
義助が、目を潤ませ、義助の父と母に誓った。以来、義助は、厳しい自主練に励んでいた。
こうして、子供達は、東京オリパラに向けて、真摯に練習に励んでいた。
「東京オリパラに出るぞ!」
子供達の檄が飛ぶ。
画像の出典
- http://www.jiti.co.jp/graph/page1110/1014z/index.htm
- https://mainichi.jp/articles/20171127/k00/00m/050/125000c
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