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第二章 第五話


 ほどなくして、三人の自宅待機が解除されて、支援学校の教室で顔を合わせた。
「また学校か……」アナが、残念そうに嘆いた。
「こうして会えるんだから、喜べよ」義助が、嬉しそうに言った。

 アナ、カズ、義助が、自主練を終えて、帰宅の途に就いていた。
「義助じゃないか……?」地元の高校生が、義助に声をかけた。
「……おお、久しぶり」義助が、少し間を置いて、返事をした。その高校生は、義助の小学生時代の元同級生だった。数年ぶりの再会だった。
「東京パラリンピックに出場するんだって?」
「一応ね」
「凄いなぁ」元同級生が、思わず唸った。
「まだ、野球続けているんだよね?」
「甲子園が中止になっちゃったからね……」
「そうなの?」
「ああ」
 義助の元同級生が、スマホのニュース記事を見せた。

甲子園の土

 2020年8月31日のニュース記事:  新型コロナウイルスの影響で夏の全国高校野球が中止になったことを受けて、高校球児のために作られた甲子園球場の土の入ったキーホルダーが31日、全国の高校に向けて発送されました。キーホルダーは、直径3センチ余りの球体をしたプラスチック製のケースに甲子園球場の土を入れたもので、プロ野球・阪神の矢野監督をはじめ選手やコーチ、それに球場のスタッフなどがおよそ400キロ分を集めたということです。全国およそ4000校の硬式と軟式の野球部に所属する高校3年生、およそ5万人に向けて31日発送されました。各学校に送られるキーホルダーには矢野監督の直筆のメッセージも添えられ、この中では「『甲子園の土』を贈らせてもらうことで、ほんの少しでも前を向き、これからの人生を歩んでいく1歩になってもらえればという願いを込めました。共に乗り越えましょう!」と呼びかけています。

「残念だね……」義助が、言葉を絞り出した。 「先輩ももらったんだよ。泣いて喜んでいた。でも、僕らは、来年、リベンジするのみさ」元同級生が、元気なく答えた。 「健闘を祈る」 「義助、東京パラリンピック、頑張れよ」 「ありがとう」 「じゃ」同級生が、去って行った。 「寂しい背中ね……」アナが、ぽつりと呟いた。 「今でも、元同級生とは、交流があるのかい?」カズが、義助に聞いた。 「会うことは滅多にないけど、時々メールをね」 「便利な時代になったな」 「ああ、本当に」  2020年9月5日、パラ陸上の日本選手権が、開催された。こちらもまた、久しぶりの大会になった。  この大会には、義助も出場した。もちろん、走り幅跳びだ。 「義助〜、頑張って〜!」  義助の母が、テレワークになって、観戦に行った。  義助が、トラックから、義助の母に手を振って応えた。  義助の順番が来て、気合いを入れて、出走した。  義助は、まずまずの成績だった。 「満足に練習できなかったから、仕方ないよ」アナが、義助を慰めた。 「みんな同じような条件だから」義助は、割と前向き。 「ごめん、良いとこ見せられなかった」義助が、義助の母に謝った。 「十分良かったわよ。義助の頑張りが、何よりだから。お父さんも、きっと喜んでいる」 「そうかな……」 「じゃ、これから、毎日、自主練を見守るから」義助の母が、申し出た。 「良いの?」 「テレワークだから、夜働けば良いから」 「無理しないでね」義助が、義助の母を気遣った。 「大丈夫。義助とお父さんの為だもん」 「ありがとう」  義助には、まるで義助の父のご加護があるようだった。
パラ陸上

 2020年9月5日のニュース記事:  新型コロナウイルスの影響で延期されていたパラ陸上の日本選手権が開幕し、東京パラリンピックで金メダルの期待がかかる中西麻耶選手が、女子走り幅跳びで、みずからのアジア記録を大幅に更新する5メートル70センチを跳んで優勝しました。パラ陸上の日本選手権は、来年の東京パラリンピックを目指すトップ選手も出場し、埼玉県熊谷市で5日、開幕しました。

 その晩、義助と義助の母が、夕食を食べながら、義助の父の話をした。 「馴れ初めは?」義助が、嬉しそうに質問した。 「なあに、いきなり」義助の母が、顔を赤らめた。 「お父さんのことを知りたくなって」 「……お母さんの一目惚れよ」 「ハッハハハハ」  義助の家の居間には、トロフィーが一つ飾ってあった。義助が、交通事故の前に市民大会で優勝した時のものだ。その時、義助の父が、大いに喜んだ。 「あの時のお父さんは、舞い上がっていたわ」義助の母が、懐かしそうに目を細めた。  たった二人だけだが、束の間の家族団らんだった。


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