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第三章 第三話
東京郊外のJR駅前の商店街のはずれには、小さくて新しい総合病院があった。総合病院は、周囲を低い壁で覆われ、大きな正門があった。正門から入って行くと、三棟のクリーム色の大きな病棟が、見えて来た。その中には、内科、外科、小児科、産婦人科などがあり、施設が、比較的充実していた。
アラフォーの妻が、内科を受診していた。内科は、一番奥の病棟の一階にあって、待合室は、二十人くらいの患者が座れる広さだった。妻は、マスクをして、待合室で、順番を待っていた。妻は、最近、体がだるく、頭痛などもあった。妻は、一通り、検査をして、再び、待合室に座っていた。それから、内科の医師の診察室に呼ばれた。
「おめでたですね」
医師が、微笑みながら告げた。
「……は?」
「赤ちゃんです」
「ほ、本当ですか!」
妻は、これが、初産だったので、気が付かなかった。妻は、舞い上がって、自宅に帰り、赤飯を炊いた。
「どうしたんだい?」
夫が、帰宅して、妻の様子を不審に思った。
「できました!」
「赤飯が、か?」
「違います……ご懐妊です!」
「……す、凄いじゃないか! 本当か!」
夫妻は、抱き合って喜びを分かち合った。結婚十五年目にして、ようやく授かった子だった。
以来、妻が、ウキウキしながら、総合病院の産婦人科で、妊婦健診を受けていた。
ある日、妻は、いつものように健診を終えて、産婦人科の医師の診察室に入った。
「順調ですよ」
「良かった」
「出生前の検査はしますか?」
「はい、一応」
妻は、アラフォーということもあり、夫と相談して、一応、検査を受けることにしていた。
後日、妻は、出生前の検査を受けた。
数日後、検査結果が、出て、妻が、医師の診察室に呼ばれた。
「お子さんは、ダウン症でした」
「え?」
妻は、驚いて、放心状態になってしまった。当然陰性になるものと思っていた。その後も、医師が色々と説明していたが、その言葉は、耳に入らなかった。気がつくと、自宅で、一人、涙を流していた。
その晩、夫が、帰宅して、一緒に夕食を食べた。
「検査結果、良くなかったのかい?」
夫が、妻の様子を察して、優しく聞いた。
「……ダウン症だって……」
妻が、箸を持つ手を止めて、涙を流した。
「いいじゃないか。産もうよ。僕たちの子供なんだから、立派に育つよ」
「そうなの?」
「ああ、産もう」
夫が、頼り甲斐のあることを言ってくれた。妻は、涙を流して、大きく喜んだ。ああ、この人と一緒になって良かった。心底そう思った。
その夜、妻は、自宅の寝室で静々と泣いてしまった。夫が、妻の肩をそっと抱いた。夫も、目に涙をいっぱい溜めていた。それほど、ダウン症の衝撃は、大きかった。
数週間後、妻の陣痛が来た。夫が、有給休暇を取って、自宅にいてくれていた。
「大丈夫、病院に行くからね」
夫が、妻を支えて、車で、総合病院に行った。
「産まれそうなんです!」
夫が、産婦人科の受付カウンターで叫んだ。受付カウンターの奥から、助産師と看護師が、出て来て、妻を分娩室に連れて行った。分娩室の外の廊下には、長椅子が置いてあり、家族が、出産を待つ為に待機できるようになっていた。
「立ち会いますか?」
看護師が、夫に尋ねた。
「はい」
夫が、短く答えた。夫は、妻と事前に、立ち会うことを決めていた。妻は、少し不安だったようだ。夫が、分娩室に入って、妻が、数十分、息んだ。
「オギャーオギャー」
娘が、産まれた。
「産まれた! 産まれた!」
夫妻は、不安そうにしていたが、歓喜して、その目から、涙が溢れ出た。
娘は、すぐに検査室に連れて行かれて、精密検査を受けた。
「抱かせてもらえないの……?」
妻が、不安そうに言った。
「ちょっと検査をしていますのでね~」
看護師が、優しく言った。
夫妻は、すぐに娘を抱くことができなかった。
一週間後、夫妻が、娘の精密検査の結果を聞く為、産婦人科の医師の診察室に行った。
「やはりダウン症でした。そして、心臓病の合併症がありました。根治手術もできません」
「どうなってしまうんですか?」
夫が、不安そうに聞いた。
「将来、心臓発作を起こす可能性があります」
「そ、そんな……」
夫妻は、がっくりと肩を落として、診察室を出た。
「赤ちゃん、抱きますか?」
看護師が、優しく声をかけた。
「抱けるんですか?」
妻が、すがるように言った。
「はい」
夫妻が、娘を抱いた。娘は、健気に呼吸しつつ、スヤスヤと寝ていた。
「可愛いわ」
妻が、目に涙を溜めて、自分に言い聞かせるように言った。
「ああ、立派に育てよう」
夫妻は、娘を抱きながら、将来を見据えていた。華々しい未来が、やって来る。そう信じて疑わなかった。
娘は、泳子と名付けられた。
*
カズの父が、
「勇気付けられるだろうから」
と、手術室に国際障害者デーのイベントのライブ配信の音声を流していた。
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