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第二章 第六話


 ライブ配信では、中国の様子が、映し出されていた。
 李武志が、マイクを持って、
「未だ、新型コロナウイルスとの闘いは、続いている。中国は、一人っ子政策の為に、若い世代が不足している。だから、僕たちの代が、踏ん張るしかないんだ」
 と、中国の街や学校を紹介していた。

 一人っ子政策とは、中華人民共和国において、1979年から2015年まで実施された、一組の夫婦につき子供は一人までとする人口抑制政策である。なお、2016年からは一組の夫婦につき子供二人までとされている(二人っ子政策)。

「だから、僕らには、兄弟姉妹がいない」
 李武志が、支援学校の障害児と一緒に暗い表情をしていた。
「障害児は、孤独で親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ。だから、パラリンピックで、有名になって、親孝行をしたいんだ」
 李武志が、抱負を語った。
「頑張ってな」
 李武志の父が、李武志を抱き寄せた。
「スポーツで成功して、家族を養いたい」
 李武志にとって、東京パラリンピックは、ただのスポーツ大会ではなかった。家族を支える、重要な意味を持っていた。
 李武志の紹介した街の障害児たちは、貧しいながらも、楽しそうに暮らしていた。
「全ては、支えてくれた家族の為に」
 中国人は、家族の絆が、とても固かった。

 それから、ライブ配信は、アフリカ、ヨーロッパへと、バトンを繋いだ。 「ようこそ!」  ルドルフが、マイクを握って、ドイツのトレーニングセンターの紹介を始めた。 「このトレーニングセンターでは、障害者と健常者が、分け隔てなく一緒に練習しているんだ」 「よう、ルドルフ、国際障害者デーのライブ配信かい?」  一人の義足の選手が、ルドルフに声をかけた。 「あ、レームさん」  ルドルフが、嬉しそうに答えた。
マルクスレーム
 彼こそが、義足のジャンパー、マルクス・レーム選手だった。レームは、健常者とともに、走り幅跳びの練習を重ねていた。そして、ルドルフもまた、それに参加していた。そこには、障害も健常もない。全ての選手が、ただ記録を塗り替える為に切磋琢磨していた。まるでユートピアのようだった。 「彼らからは、多くを学んでいる」  健常の選手も、障害のある選手を心から歓迎していた。 「ルドルフ、すまない! 日本から速報を伝えたい!」  義助が、ライブ配信中に、ルドルフに声をかけた。  東京で、動きがあったのだ。 「オッケー、日本に繋ごう」  ルドルフが、了承して、ライブ配信は、日本を映した。
手術室
 泳子の手術室の前だった。  手術中のランプが、ちょうど消えたところだった。  泳子が、ベッドに寝かされた状態で、手術室から出て来た。 「泳子!」  アナが、声をかけるが、返事はなかった。  しかし、泳子の心臓は、確かに動いていた。 「手術は、成功しました」  カズの父が、ホッとした様子で、ライブ配信で語った。 「良かった……」  アナが、安堵した。  五輪SNSのメッセージ:〈良かった良かった〉  五輪SNSのメッセージ:〈普通エンディングで手術の成功報告しない?〉  五輪SNSでは、応援の声が、尽きることはなかった。 「ありがとう、ルドルフ。ドイツの話を続けてくれ」  義助が、再び、ドイツのルドルフに、ライブ配信を任せた。


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画像の出典

  1. https://www.sankei.com/sports/photos/160702/spo1607020005-p1.html
  2. http://kinshukai.or.jp/hanwakinen/about/facility

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