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第四章 第三話
2021年1月7日の午前、義助は、母校の校門の前で、アナとカズと待ち合わせをした。
「アナ、まだ?」カズが、時間通りに来た。
「ああ、まだ」
二人で、アナを待った。
「ごめんごめん、遅れちゃった」アナが、遅れて来た。
「あれだけ言ってて、遅れるなよな」カズが、突っ込みを入れた。
「さ、行こうか」義助は、少し緊張気味。
三人が、支援学級の教室に入って、義助が、教壇に立った。アナとカズは、教室後ろの用意された椅子に座って見守った。支援学級の教室には、五人の生徒と義助の恩師が、待機していた。
義助の恩師が、教壇の横に立って、
「この義助くんは、なんと東京パラリンピックに出場することになっているんですよ! 今日は、しっかり話を聞こうね」
と、義助を紹介した。
「おおっ!」支援学級の生徒が、歓声を上げた。
「それじゃ、お願いします」義助の恩師が、義助の頭を下げた。
義助が、頭を下げて、支援学級の生徒の方を向いて、
「はじめまして。今日は、インクルーシブ教育についてお話しします。僕は、交通事故で、障害児になったので、普通学級の生徒の気持ちと支援学級の生徒の気持ちが分かります。多分、それも、今日、ここに呼ばれた理由なのかな。普通学級の授業は、気負うことはないんです。分からなきゃ、寝てれば良いんです」
と、語り出した。
「ハッハハハハ」支援学級の生徒が、笑った。
「それでも、普通学級の生徒と交流すること自体に大きな意味があるのです。結局、インクルーシブ教育は、全て、健常児の為のものだからです。どういうことかと言うと、社会に出ると、障害児者は、健常児者と共に生活します。助けが必要な時もあります。その時に、幼い頃に交流をしていた健常児者は、自然と手を貸してくれるのです。だから、インクルーシブ教育は、言わば、健常児の英才教育なんです。さらに、その中から、将来、福祉の仕事に就く人なんかも、現れるかも知れない。その苦労とやり甲斐を、障害児との関わりの中で学ぶのです。障害には、外と内があります。障害の外の人は、障害に畏怖の念を持ち、障害を論じたがる。一方、障害の内の人は、障害に日常の念を持ち、障害児者と明るく楽しく過ごすことができる。ごく自然に。内の人にとって、障害は、普通のことなのです。外の人は、内の人を不謹慎と糾弾することもあるだろう。でも、それじゃ世の中変わらない。本当の意味で障害児の取り巻く環境を変えられるのは、内の人だけだと思っている。障害と健常は、紙一重だと思っています。実は、思ったより違わない。しかし、障害児と接するか否かで、全然思いが違う。今、後ろに座っている僕の友人が、『偏見ウイルス』という言葉を教えてくれました。偏見は、ウイルスのように蔓延し、クラスターを作ると。だったら、『共生ウイルス』もあって良いんじゃないか。クラスターのように広まる共生社会。こうした小学校からでも良いし、会社でも良い。とにかく、共生ウイルスのクラスターができれば良いんだ。それが、やがて世界中に広まって行く。だから、普通学級で学ぶんだ……以上です」義助が、講演を締め括った。
大きな拍手がわいた。
「ありがとう、義助くん」
義助の恩師が、義助にお礼を言って、
「質問あるかな?」
と、支援学級の生徒に問うた。
三年生の女の子が、手を挙げて、
「どうすれば、パラリンピックに出られますか?」
と、質問した。女の子は、右足が、義足だった。
「何かに打ち込むことだね。僕は、たまたま陸上に縁があったから、パラリンピックを目指したけど、他のことでも、良いと思うよ。自分に合ったものを見つければ良い。とびきり大きな夢を持て」義助が、説得力のあるところを見せた。
「ありがとうございます!」女の子が、満面の笑みでお礼を告げた。
授業が終わると、一人の生徒が、廊下から、二つの花束を持って来た。義助が、キョトンとしていると、その生徒が、一つの花束を義助に渡し、もう一つを義助の恩師に渡した。
「ありがとう」義助の恩師が、生徒にお礼を言った。
「……」
義助が、怪訝そうに義助の恩師を見ていると、恩師が、
「今年、定年退職なんです。だから、今日は、どうしても義助くんに講演をしてもらいたかった」
と、告げた。
「そうでしたか」
「この頃、こう思うんです……もしコロナがなかったら、義助くんは、どうなっていただろうかと、ね。『パラレルワールド』という言葉があるけれど、コロナが発生した世界としていない世界があったら……その後の展開に違いがあったんじゃないか。東京パラリンピックも、どうなるか分からないけれど、コロナがあったからこその展開が待っていると思う。もしかしたら、東京パラリンピックは、中止になったりするかも知れない。でも、その中止が、義助くんをさらに高みに導くんじゃないかと」
「肝に銘じておきます」
義助、アナ、カズは、支援学級の生徒に見送られて、教室を出た。
すると、多くの生徒が、廊下に並んで、お見送りをしてくれた。全校生徒が、義助の為、義助の恩師の為、そして支援学級の生徒の為に、激励の拍手をしてくれたのだ。
「ありがとう、みんな」義助の目には、光るものがあった。支援学級の生徒が、全校生徒に受け入れられていることを実感した。
「それじゃ、何があっても頑張ってね」義助の恩師が、義助に声をかけた。
「はい」義助が、しかと返事をした。
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