〇〇〇〇〇

トップ > 〇〇〇〇〇 > 第五章 おもてなし

第一話


この章は、2021年初頭に描かれたものであり、事実と異なる点があります。
 東京オリパラが、開催されることとなった。  その朗報を待ちわびた一人が、泳子だった。  泳子は、手術後の経過も良く、通院をしながら、カズの父の診察を受けていた。カズの父が、様々なデータを見ながら、泳子の具合を判断していた。 「東京パラリンピックには、出られますでしょうか?」  泳子が、恐る恐る聞いた。 「出場は、許可しましょう」  カズの父が、太鼓判を押した。 「ありがとうございます!」  泳子が、カズの父にお礼を言った。 「ただ、くれぐれも無理をしないように」  カズの父が、釘を刺したが、泳子の耳には入らなかった。それほど、泳子は、舞い上がっていた。 「心臓、間に合った!」  泳子が、家族やアナ、カズ、義助、それに友人らに、真っ先に報告した。こうして、泳子が、心臓の手術を乗り越えて、パラスポーツ大会への出場権を得た。  数週間後、泳子は、支援学校のプールで、パラスポーツ大会に向けて、猛練習を重ねていた。事実上、東京パラリンピックの内定を決める大会だった。  泳子の傍らには、アナがいた。 「東京パラリンピックの内定、勝ち取りなよ!」  アナが、泳子に発破をかけた。アナは、再び、競泳水着を着て、泳子に熱血指導をしていた。 「はい!」  泳子が、アナの指導を受けて、必死に泳いでいた。  アナが、手本を見せた。 「やっぱり速い!」  泳子が、アナの泳ぎに感激した。 「パラは、真剣勝負よ!」  アナの指導は、厳しかった。  カズが、プールサイドで、本を読んだり、何かメモをしたりしていた。  ある日、泳子が、休憩時間に、カズに、 「カズさんは、いつもそこで、何をしているんですか?」  と、尋ねた。 「医師の勉強だよ」  カズが、事もなげに答えた。 「もしもの為の助け舟よ」  アナが、補足した。カズは、泳子のもしもの時の為に、プールサイドに待機してくれていたのだ。 「その為に……ありがとうございます」  泳子は、アナとカズの優しさに触れて、感極まった。 「良いよ良いよ。楽しく練習見させてもらっているから。アナの泳ぎも久しぶりに見たし」 「速いですよね」  泳子が、改めて、驚きを隠せなかった。 「速いだけじゃ、パラリンピックでは、勝てない。一心不乱に泳ぐことが必要なんじゃないかな。残念ながら、アナには、それができない」  カズが、言い切った。  泳子は、「どうして」とは、聞かなかった。ただ、アナとカズの醸し出す雰囲気から、アナの置かれた状況をおもんぱかるのみだった。  連日、アナの指導は続いていた。厳しかった。それは、まさに金メダルを取るための指導だった。アナは、泳子の潜在能力を信じていた。  そんな中、練習中に、泳子が、少し溺れかけた。  泳子が、ゴボゴボと、プールの底に沈んで行った。 「泳子!」  プールサイドのアナが、すかさず飛び込んだ。  アナは、泳子の背中に回り、泳子の顔を水面に出して、呼吸を整え、見事泳子を助けた。  カズも、迅速に、泳子の元に駆け寄った。 「大丈夫だからね。安心しなさい」  カズが、処置をして、事なきを得た。 「お二人がいてくれて助かりました。見守ってくれてありがとうございます」  泳子が、アナとカズにお礼を言った。 「二人だけじゃないさ。みんな味方だよ。ライバルだって。それが、パラリンピックだよ」  アナが、泳子に諭すように言った。 「パラリンピック本番が、楽しみになって来ました」 「その意気だ」  後に、泳子が、パラスポーツ大会に臨んだ。  アナ、カズ、義助も、応援に駆け付けた。  泳子は、順当に決勝戦まで残った。  大会最後の試合。  東京パラリンピックの内定を決めるレースだ。ここで、一位になれば、内定を勝ち取ることができた。  泳子が、スタート位置に着いた。  乾いた機械音が鳴った。  スタート。  泳子の出だしは、まずまずだった。  泳子は、ぐんぐん進んで行った。  先頭は、三人に絞られた。  抜きつ抜かれつの接戦だった。  そして、ゴール。  三人は、僅差だった。  電光掲示板に、順位とタイムが、表示された。  掲示板:〈一位 泳子〉  会場から、歓声が沸いた。  泳子の目からは、涙が零れ落ちた。  泳子が、東京パラリンピックの内定を得た瞬間だった。  泳子が、アナに抱きついて喜んだ。  アナに目にも涙。  翌々日、泳子が、アナの自宅に来た。泳子は、アナの自宅に何度か来たことがあったが、アナの部屋に入るのは、初めてだった。 「これが、アナさんの金メダルですね」  泳子が、アナの金メダルをまじまじと見つめた。アナは、かつて、パラスポーツ大会で、優勝したことがあった。パラリンピックの予選ではないので、パラリンピックに出場したことはない。 「メダルの重さは、努力と犠牲の上に成り立っている」  アナが、金メダルを手に取って、それをじっと見つめた。 「犠牲?」  泳子が、不思議そうに聞き返した。 「二位になった選手、三位の選手、予選落ちの選手……みんなのおかげで金メダルがあるの。金を取りなさい。それに見合う努力を重ねて、堂々と」 「はい」  アナが、金メダルを元に戻した。その目は、かすかに潤んでいた。  この時、泳子は、アナのその目から、金メダルの重みを感じていた。しかし、実は――。


目次  次へ

Copyright (C) SUZ45. All Rights Reserved.