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第三話
支援学校の夏休みは、8月1日~8月23日までだった。
支援学校の夏休みになって、アナ、カズ、義助が、連日、アナの家で、東京オリンピックのテレビ観戦をしていた。
「世界中の人々が、東京に注目している。負けられないね、義助」
アナが、義助を鼓舞した。
「ああ、武者震いがするくらいだ」
義助が、不敵に笑った。
テレビでは、東京オリンピックの走り幅跳びの決勝が、映し出された。
「ここに、マルクス・レーム選手が出ていたら、もの凄いインパクトだろうな」
義助が、東京オリンピックの走り幅跳びの決勝を見ながら、ワクワクしながら言った。マルクス・レーム選手は、義足のジャンパーで、オリンピアンにも劣らない成績を残していた。
しかし、今の時代、一部を除いて、障害のある選手は、オリンピックに出ていない。しかし、近い将来、パラアスリートが、オリンピックの舞台で、オリンピアンと一緒に競う時は、きっと来る。義助は、そう信じて疑わなかった。
アナが、テレビ中継の合間に、部屋のカレンダーをめくった。
8月になった。
「いよいよ、今月末ね」
アナが、義助に声をかけた。東京パラリンピックの開幕は、8月24日だった。
「ああ、胸が高鳴る」
「義助、勝ってね」
「緊張させんなよ~」
「ハッハハハハ」
「東京パラリンピック、見に行きたいね」
アナが、カズと義助に言った。
「アルバイトでもしようか? ちょうど、開幕するの、夏休みの終わりの方だし」
カズが、提案した。
「それも良いね」義助が、賛同した。
「どういうところが良いだろうか」
「どうせなら、一番、外国人に日本のおもてなしができるところが良いわ」
アナが、意見を述べた。
「おもてなしか……」
「あと、できれば、まかない料理のおいしそうなところ」
アナが、付け加えた。
「ハッハハハハ」
三人は、アルバイトの情報誌を見ながら、色々思案した。
「このオリンピックスタジアムの近くの日本料理店は?」
アナが、目ざとく、有力情報を見つけた。国立競技場からも近く、一度に百人ほどが、入ることのできる大きな日本料理店だった。東京オリパラの観光需要で、比較的多くのスタッフを募集していた。
「ああ、良いねぇ」
カズも、アナの意見に賛成した。
「そこに決めよう。問題は、雇ってくれるかだな」
義助が、思案した。
実際、障害児を雇ってくれる日本料理店が、あるのかないのか、皆目見当がつかなかった。なにしろ、そういうことを試みる障害児が、日本には、まだ少なかった。
後日、三人は、日本料理店の面接を受けることになった。料理長も、面接官として、列席していた。面接官も、三人が、障害児と言うことで、どういう仕事を任せて、どう仕事を教えて良いものか、迷っていたようだ。
そして、面接は、終了した。
アナが、帰りのバスの中で、
「ダメそうだね」
と、悲しそうにつぶやいた。
カズと義助も、正直、同じ思いだった。
後日、三人の元に、日本料理店から、面接結果の電話が、届いた。
三人とも、採用された!
こうして、アナ、カズ、義助が、夏休みの前半に、東京都心の日本料理店でアルバイトをして、東京パラリンピックの観戦費用を稼ぐことにした。
同時に、支援学校に、夏休みを延長して、パラリンピックの観戦の許可申請を提出した。
三人は、週に四日ほど、バスに乗って、日本料理店に通うことになった。アナと義助は、接客を担当して、カズは、料理の盛り付けの担当になった。朝の十一時から、休憩をはさんで、夜の八時までの勤務だった。
休憩時間には、まかない料理が、提供された。
「本当に美味しいわ!」
アナが、まかない料理を楽しみにしていた。本当に美味しい料理だった。
しかし、楽しいことばかりではなかった。
ある日、アナが、料理のお皿を落としてしまって、料理長が、
「何してんだ、アナ!」
と、叱りつけたことがあった。アナは、びっくりして、泣いてしまった。
「教えてくれているんだよ。おもてなしの心を」
義助が、アナを慰めた。
実際、料理長は、最高の料理を最高の盛り付けで、提供していたのだ。傾けるだけでも御法度のお皿を落とすなど、論外だったのだ。それほど、心血を注いだ料理なのだ。それが、この日本料理店のおもてなしの精神だった。
ある日、東京観光をしに来た、家族連れが、この日本料理店にやって来た。義助が、注文を取り、料理を運んだ。その際、父親らしき人物に、
「もし良かったら、使ってください」
と、当たり前のように、スプーンとフォークを差し出した。
そのお客さんは、利き腕が、不自由だった。
「ありがとう。ちょっと怪我をしてね。よく分かったね」
お客さんが、驚いた。
「楽しんでください」
義助が、さらりと言った。義助は、自身も義足なだけに、体の不自由な人をすぐに察知することができた。それが、今回の素晴らしいサービスを生み出した。障害児者には、そう言う行き届いた一面もあるのだ。
三人が、アルバイトをしている時に、中国人らしきお客さんが来た。お客さんは、アナに向かって、英語や中国語で話しかけたが、アナは、理解できなかった。アナが、困ってしまった。
そこへ、助け舟が来た。
「今日から、ホストタウンに来たんだ~」
李武志だった。先ほどの中国人は、李武志の父だった。李武志の兄の妻と息子も連れて来ていた。
「五輪SNSで、三人が、ここでバイトしているって聞いていたから」
李武志が、三人のアルバイト先の日本料理店に夕食を食べに来てくれたのだ。
「日本のおもてなしを学びに来たよ」
李が、アナに優しく言った。
「最高のおもてなしをするわ」
アナが、満面の笑みで答えた。
三人が、李の家族へのおもてなしをした。
李家族が、食事を終えるころ、料理長が、
「アナ、ちょっと……」
と、アナを呼んだ。
「これ出してあげなさい」
料理長が、特製の杏仁豆腐をサービスしてくれた。
「ありがとうございます。きっと喜ぶと思います」
アナが、李家族に、杏仁豆腐を出した。
「良いのかい?」
李武志が、恐縮した。
「料理長からのプレゼントよ」
アナが、誇らしげに告げた。
「美味いな」
李の父が、日本料理店の杏仁豆腐を食べて、思わずつぶやいた。
李家族が、お会計を済ませる時、アナが、李に、
「これから、どうするの?」
と、聞いた。
「明日は、慰霊碑を見に行くんだ」
李武志が、答えた。
「じゃ、一緒に行こうよ。私たち、明日、休みだから」
アナが、提案した。
「そうかい。じゃ、一緒に行こう」
李武志も、大歓迎だった。
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