〇〇〇〇〇

トップ > 〇〇〇〇〇 > 第五章 おもてなし

第四話


 翌日、アナ、カズ、義助は、李の家族とともに、慰霊碑へ行った。李の家族は、慰霊碑の大きさに圧倒されていた。それから、スマホで、QRコードを読み取り、李の兄の名を探した。
「慰霊碑にちゃんと兄の名前が、刻まれていました」
 李武志が、それを見つけて、安心した。
「これを見に来たんだ……」李の父が、涙を流した。
「慰霊碑を建ててくれて、ありがとう」
 李武志が、三人にお礼を言った。
「できる限りのことはしたつもりです」
 アナが、優しく微笑んだ。
「武志は、東京パラリンピック、予選落ちだったのか?」
 義助が、李武志に質問した。
「いや、結局、予選にも出なかったんだ」
「どうして?」
「引退して、新型コロナウイルスの研究を始めたんだ。もうこれ以上、犠牲者を出したくなくてね。残りの人生、兄の為に使いたい」
 李武志が、清々しく言った。
「そうか。良い成果が出ることを祈るよ」
「ありがとう」
「大会は、何の試合を見るんだい?」
 義助が、李武志に聞いた。
「大会は、見ないで、帰るつもりなんだ。研究は途中で止められないし、東京パラリンピックは、ネット中継と五輪SNSで楽しませてもらうよ」
「見ないの?」アナが、驚いた。
「慰霊碑と東京の様子を見に来たんだ。僕たちの目的は、その二つさ。明日の朝、発つつもりだ」
 李武志は、晴れ晴れとした表情をしていた。

 翌日の朝、アナ、カズ、義助が、日本料理店のお弁当を李の家族に渡した。
「高かっただろう?」
 李武志が、お金の心配をした。
「大丈夫、中身は、私たちの手作りだから。最高のおもてなしをしたつもり」
 アナが、答えた。
「年に一度程度かも知れないけど、慰霊碑の李のお兄さんに花を手向けるよ」
 義助が、李武志に約束した。
「ありがとうね」李の兄の妻が、お礼を言った。
「お父さん、何か言ってあげてよ」
 李武志が、李の父に、声をかけた。
「杏仁豆腐が、美味しかった」
 李武志の父が、片言の日本語で、答えた。
「何だよ、父さん。最後にそれかよ」
 李武志が、突っ込みを入れた。
「ハッハハハハ」
「最後だからだ。日本は、最高の国だった」
 李の父が、真剣に断言した。
「ありがとうございます。これが、日本のおもてなしです」
 アナが、誇らしげに言った。
 それから、三人が、李の家族を見送った。
「李、泣いていたね」
 アナが、しみじみと言った。
「それだけ、お兄さんを慕っていたんだろう」
 義助が、李武志の思いを推測した。
「東京パラリンピックで活躍して、喜ばせてよ」
 アナが、義助に頼んだ。
「そうだね」

 三人が、日本料理店のアルバイトを辞める日が来た。
「家族と一緒に食べなさい」
 料理長が、杏仁豆腐をくれた。
「ありがとうございます……」
 アナが、思わず、泣き出してしまった。辛いこともあったけど、今思えば、すべてが人生の糧になった。
「僕たちを受け入れてくれてありがとうございました」
 カズも、涙目で感謝の意を示した。やはり、障害児として、負い目を感じていたのだろう。
「評判、良かったよ」
 料理長が、三人に声をかけた。
「本当ですか?」アナが、怪訝そうに聞き返した。
「ああ、君たちの努力は、報われた」
「料理長~!」
 アナが、料理長に抱きついて泣いた。
 実際に、この日本料理店での三人の評判は、とても良くて、遠方からも、食事に来るお客さんもいたほどだった。それほど、障害に対する意識が変わった証拠だった。東京パラリンピックの影響も大きかったようだが、この日本料理店に来て、三人のサービスを見て、確信したのだろう。
「これ、記念に持っていきなさい」
 料理長が、紙袋を渡してくれた。
 三人は、帰りのバスの中で、紙袋の中身を見た。お客さんのアンケート用紙だった。そこには、三人のサービスに対する意見が、記載されていた。手厳しい意見もあったが、ほとんどは、激励の内容だった。そして、お客さんの多くは、親類縁者に、障害児者がいる方だった。
 アンケート:〈未来が開けた気がします〉
 アンケート:〈三人のサービス、本当に心がこもっていた〉
 アンケート:〈言い方が変かも知れないけれど、障害がある分、純粋なんだと感じました。それは、人の痛みが、分かるからだと思う〉
「嬉しいね」アナが、ウルウルしながら、つぶやいた。
「社会に、受け入れてもらえた気がする」
 義助も、感想を述べた。
「さ、これで、義助の試合を見に行けるぞ」
 アナが、カズに賛同を求めた。
「ああ」カズも、満足そうに答えた。
「僕の試合の為にバイトしてお金貯めたの?」
 義助が、驚いて聞いた。
「他に理由なんてない」アナが、断言した。
「……ありがとう」
「辛気臭いぞ。あとは、義助の頑張り次第だ」
「最高の試合にするよ」
「期待している」


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