〇〇〇〇〇

トップ > 〇〇〇〇〇 > 第五章 おもてなし

第五話


 アナ、カズ、義助は、アルバイトも終わり、あとは、パラリンピックへ行くことだけを考えていた。
 そんな時、アナが、ふと、
「ね、みんなで、キャンプにでも行かない?」
 と、提案した。
「なぜ?」
 義助が、聞いた。全く、意味不明だった。
「義助も、泳子も、なんだか緊張してるし、気分を落ち着かせる為に、行こうよ」
 アナの意見は、義助と泳子の為に、考えてのことだった。アナは、こう言う、気配りのできる点でも、優れていた。常に周りの人の幸せを願っていた。それが、アナにとっての最高の幸せだった。
「まあ、良いけど」
 義助も、否定はしなかった。
「泳子も、連れて行こうよ」
「そうだね」カズも、賛同した。

 数日後、四人は、家族の了承を得て、東京郊外のキャンプ場にバスで、行くことにした。
「心臓の具合は、大丈夫なの?」
 カズが、バスの車内で、泳子に聞いた。
「はい。最近は、順調です。痛みもないし、泳いでも、動悸も起こりません」
「そうか、良かった。いざとなれば、応急処置くらいならできるから」
「ありがとうございます」
 四人が、キャンプ場に着いて、まず、テントを張った。みんなで協力したが、アナは、楽しくて、テンションが上がったようで、テント作りよりも、作っている最中に、テントの中に潜り込んだりして、遊んでいた。
「アナ、しっかり手伝えよな」
 義助が、注意した。
「はいよ~」
 アナが、手伝うこともなく、遊び惚けていた。それは、アナなりの配慮で、義助と泳子の緊張をほぐす為の行動だった。こう言う時のアナは、とてもクレバーな一面を見せる。全体を見渡し、最善の策をとるのだ。
 四人は、夕方、バーベキューをして、お腹一杯食べた。
「もう食べられないわ」
 アナが、テントの中で横になった。
「アナは、食べ過ぎなんだよ」
 義助が、突っ込みを入れた。
 その夜、四人は、テントの中で、雑魚寝をしながら、東京パラリンピックについての話をした。
「緊張している?」
 アナが、義助に問うた。
「緊張と言うより、ワクワク感かな。ルドルフとの対戦も楽しみだし、もしかしたら、最初で最後のパラリンピックになるかも知れないからね」
「人生で一度きりか」
 アナが、感慨深そうに返事をした。
 テントの中が、し~んとした。
「痛てて……」
 泳子が、心臓を抑えて、少し苦しそうな顔をした。
「大丈夫かい?」
 カズが、慌てて、泳子をいたわった。
「大丈夫、発作とかではないから」
「応急処置だけでもしておくよ」
「ありがとう。頼りになるわ」
 カズが、泳子の手当てをして、事なきを得た。
 再び、テントの中に静寂が訪れた。
「いよいよだね。……この一年間、何だったんだろう」アナが、しみじみと言った。
「僕は、李、ルドルフ、それに五輪SNSのみんなと交流できたのが、充実していたと思う」カズが、前向きに答えた。
「一年延期されていなかったら、東京パラリンピックの内定、取れなかったかも知れないわ」泳子が、本心を述べた。実際、まだ若い泳子が、東京パラリンピックの内定を決めたのは、運が良かったこともあったのは、事実だった。
「もう一度、競泳水着を着て、指導することなんて考えられなかったかも」アナが、泳子の指導を思い出した。
「もう一度、パラを目指す気は?」義助が、アナに問うた。
「それはないかな」
 アナが、物憂げに答えた。
「李は、真逆だったかも知れないけど、一生打ち込める仕事を見つけたんだから、プラスに考えよう」義助が、他の三人を鼓舞するように声をかけた。
「良い方に考えれば、『プラス1』だし、悪い方に考えれば、『マイナス1』になるのかな」アナが、自分なりに分析した。
「そうだね。この一年で、プラス思考が、身に付いたような気がする」カズも、意見を述べた。
 そして、アナ、義助、泳子は、眠りに就いた。
 一方、カズは、一睡もできなかった。泳子のことが、心配だったのだ。しかし、その心配は、杞憂に終わった。
 朝が来て、四人は、テントの外で座って、朝食を食べていた。
 義助とアナ、カズと泳子が、仲良く談笑していた。
「泳子、コーヒーのお替り要る?」
 カズが、優しく聞いた。
「あ、お願いします」
 四人は、朝食を終えて、テントを片付け終わった。
 そこへ、カズの父と義助の母が、やって来て、
「気分転換になった?」
 と、声をかけた。
「あ、迎えに来てくれたんだ?」
 カズが、嬉しそうに言った。
「ああ、そろそろかと思ってね」
 カズの父が、答えたが、これは、嘘だった。カズの父と義助の母は、一晩中、キャンプ場の駐車場で、待機していて、四人を見守っていたのだ。四人は、それを知らなかった。陰ながら、応援する。それが、親の愛情表現なのかもしれない。


前へ  目次  次へ

Copyright (C) SUZ45. All Rights Reserved.