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第六章 第三話
昼過ぎ、三人が、昼食を終えて、政吉の病室に行った。高齢の政吉は、脳梗塞の影響で軽度の障害を負って、障害病棟に入院していた。三人が、この日、政吉の担当をすることになった。
「それじゃ、リハビリを始めましょうね」
義助が、中心となって、政吉のリハビリの手伝いをしていた。
しかし、政吉が、
「何で、障害児の世話にならなきゃならんのだ!」
と、暴れた。非常に大人気ない反応だった。
「すみません……」
カズが、思わず謝った。
「謝る必要なんてない!」
アナが、喧嘩腰。
「真心では、負けません」
義助が、きっぱりと言って、政吉のリハビリを続けた。政吉は、まだ何か言いたそうだったが、黙ってリハビリを受けた。障害児が相当不満だったようだった。障害児は、色んなところで、差別や偏見を受けた。それは、どうすることもできないことだったが、障害児は、そんなことにはへこたれない。頑張って、認めてもらうだけだった。
その時、救急車のサイレンの音が聞こえて、障害病棟が、にわかに騒がしくなった。障害病棟に急患が、運ばれて来たのだ。アナとカズが、すぐに患者の元に駆け付けた。
「泳子……」
アナが、言葉を失った。
運ばれて来たのは、泳子だった。泳子は、心臓発作を起こしていた。
「泳ぎたい……」
泳子は、意識が遠のく中、必死に懇願した。泳子の東京パラリンピックの出番は、もうすぐだった。
「この状態じゃ、無理だよ」
医師が、泳子をなだめた。
「……泳がせてあげたい。この為に厳しい練習を重ねて来たんだ!」
アナが、泳子の為に院長先生に懇願した。
「難しいでしょうね」
院長先生が、困惑した。
泳子が、救急処置を受けて、眠っていた。アナは、その傍らで、泳子の手を握って、必死に祈っていた。泳子にとって、あまりに酷な状況だった。今まで、この時の為に努力して来たのに、心臓発作で全てが、取り上げられるなんて、不憫でならなかった。
*
外人選手のルドルフが、障害病棟を訪れた。ルドルフが、障害病棟内をぶらぶら歩いて、アナ、カズ、義助を探した。
「よお、義助」
ルドルフが、義助を見つけて、歩み寄った。
「久しぶり!」
義助が、嬉しそうにルドルフと握手をした。
「お久!」
アナも、ルドルフを見つけて、再会を喜んだ。
「今、どこに住んでいるんだい?」
カズが、ルドルフに聞いた。
「今は、ドイツに戻っているんだ。義助、義足の調整をしてくれないかい?」
ルドルフが、義助に義足を渡した。
「任せとけ」
義助が、ルドルフの義足の調整を始めた。
「素晴らしい病棟だね」
「ああ、自慢の障害病棟だよ」
ほどなくして、義助が、義足の調整を終えて、
「これでどうだ?」
と、ルドルフに義足を渡した。
「うん、良い感じ」
ルドルフが、満足そうに跳躍して見せた。ルドルフは、義助の腕を見込んで、信用しきっていた。例え、最大のライバルでも。
「負けないぞ」
「ああ。じゃ、グッドラック!」
ルドルフが、会場に向かった。
政吉の妻が、七歳になる政吉の孫を連れて、政吉のお見舞いに行った。
「おお、来てくれたか」
政吉は、政吉の孫の姿を見て、思わず目を細めた。
「せっかくだし、一緒にパラリンピックを見に行こうよ」
政吉の孫が、政吉に提案した。
「どうして?」
政吉の笑みが消えて、少し不満そうに聞いた。
「お祖父ちゃんの為になるから」
「……そうかい?」
政吉が、渋々パラリンピックを見に行くことに決めた。
政吉の孫が、政吉を車椅子に乗せて、パラリンピック会場へ行った。
政吉が、パラリンピックの選手に目を奪われた。
「障害があっても、みんな輝いている」
政吉の孫が、優しく政吉に声をかけた。政吉の孫は、障害者となった政吉をどうにかして、勇気付けたいと思っていたのだ。いじらしく、とても優しい孫だった。政吉も、その思いをひしひしと感じ取っていた。だから、目が潤んだ。
午後、義助とルドルフが、パラリンピック会場で、アップをしていた。義助とルドルフは、走り幅跳びに出走することになっていた。アナとカズも、障害病棟の許可を得て、観戦に訪れていた。障害病棟の患者や院長先生も、一緒に観戦に行った。
義助とルドルフは、切磋琢磨して、この日を迎えた。二人は、好敵手で、優勝を競い合っていた。
決勝の終盤。
義助が、スタート位置について、助走を始めた。
会場から、大きな拍手が起きた。
義助が、ぐんぐん加速した。
跳躍。
会場が、静まり返った。
暫定一位だった。
「ありがとう!」
義助が、観客に手を振って応えた。
残るは、ルドルフのみだった。ルドルフの記録次第で、義助の一位か二位が決まることになった。
ルドルフが、スタートした。
とても速かった。
跳躍して、記録が出た。
一瞬の静寂。
大きな歓声が沸いた。
ルドルフの記録が、義助のそれを上回った。
試合後、義助が、ルドルフの元に歩み寄って、
「楽しかったよ」
と、声をかけた。
「ありがとう、義助」
ルドルフの目には、光るものがあった。
「悔しいけど、満足。お父さん、ごめん。一位になれなかった……」
義助が、二位になって、天を仰いで、義助の父に謝った。
「二位でも、十分立派よ」
アナが、義助の元へ駆け寄って、慰めた。義助は、悔し涙を流していた。
五輪SNSの投稿:〈義助、よくやった! 胸を張って、チームに感謝しなさい〉
義助が、世界中の仲間からのSNSに救われた。東京オリパラの選手らは、大会中も、五輪SNSの投稿を閲覧していた。とても、励みになった。
「義助、良くやった!」
観客席から、義助に声をかける人物がいた。
「来てくれたの?」
義助が、義助の母に返事をした。
「職場のみんなが、行って来いって、チケットを用意してくれたの。お父さん、喜んでいる」
義助の母は、義助の父の遺影を握りしめて泣いていた。
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