〇〇〇〇〇

トップ > 〇〇〇〇〇 > 第六章 障害病棟二十四時

第六章 第六話


 夜、ダウン症の泳子が、再び、障害病棟に搬送された。泳子は、予断が許さない状態だった。
「私、死ぬの……?」
 泳子が、不安そうにアナに聞いた。
「死なせるものか……大丈夫。私も、昔、心臓発作を起こしたよ。今はこうして、ピンピンしている。メタボだけど……」
「ハッハハハハ」
 泳子も、思わず笑ってしまった。アナは、素晴らしいコメディエンヌだった。全ての源は、アナの優しさだった。
「一位にもなれたし、閉会式にも、出ることができた。思い残すことはありません。ありがとう、アナさん。貴方のおかげです」
「生きよう」
 アナが、力強く声をかけた。
「……はい」
 泳子が、安心したように返事をした。
 泳子が、救急手術を受けた。カズが、手術の手伝いをした。
「無事を祈る」
 アナが、手術の成功を祈った。
 アナと義助が、手術室の前の廊下の長椅子に座って、手術が終わるのを待っていた。
「アナは、もうパラスポーツ大会には、出場しないのかい?」
 義助が、アナに聞いた。
「あのトラウマが、ね」
 アナが、床を見つめた。
 アナは、支援学校の中学部の時、有望な水泳選手だった。パラスポーツ大会の決勝で、一位になった。しかし、その時、ライバルが、溺れて亡くなった。アナは、ライバルに気付かず、ゴールした。もし、すぐに気付いて助けていたら……。アナが、後悔した。それが、アナが、水泳を辞めた理由だった。
「だから、泳子には、後悔させたくないの」
 アナが、きっぱりと言った。
「でも、それで泳子が亡くなったら……」
「本望よ。パラの選手の気持ちは、分かるつもり。それに、泳子は、こんなことでは、死なない」
 アナが、自分に言い聞かせるように、強い口調できっぱりと言った。
 その時、手術室のドアが開いて、カズが、飛び出して来た。
「どう!」
 アナが、カズに問うた。
 カズは、微笑みを浮かべて、
「手術成功!」
 と、言って見せた。
「やった!」
 アナが、飛び上がって喜んだ。目から大粒の涙をボロボロ流していた。アナも、不安だったのだ。
 義助が、微笑ましくアナを見つめた。アナは、いつも一生懸命だった。そして、周りの人のことを思う優しい気持ちを持っていた。この子は、幸せにならなくてはならない。義助は、強く思った。

 アナ、カズ、義助が、寮の相部屋に戻っていた。
 カズが、机に向かって、黙々と勉強をしていた。
「勉強熱心なのね」
 アナが、呆れていた。
「冗談みたいだけど、医師になりたいんだ。もう誰も死なせない」
 カズが、豪語した。
「良い医師になりそうね」
「そうありたい」
「明日、いよいよ障害病棟は終わりか……」
 義助が、寂しそうに呟いた。
「患者さんたちに、何もしてあげられなかった……」
 アナが、しんみりと言った。
「そんなことはありませんよ」
 院長先生が、いつの間にか、部屋に来ていた。
「院長先生……」
「本当に良くやってくれました。障害病棟の全ての職員が、感謝しています」
「嬉しいな」
 アナが、にっこりと微笑んだ。障害児は、こう言う時、とても素直で美しい笑顔を見せる。褒められると、とても喜ぶのだ。だから、目の前のことに誠心誠意頑張るのだ。

 その夜、三人は、眠れなくて、寮の談話室で、談笑していた。障害のこと、小学校の時の思い出、支援学校でのスポーツの話など、色々話した。
 そんな中、アナが、
「スースー」
 と、いつの間にか寝息を立てていた。
「アナは、自由人だな」
 カズが、アナを見て言った。
「ハッハハハハ」
「そこが、魅力なんだろうね。障害のある人たちが、みんなアナに心を開く」
 義助が、しみじみと言った。
「本当に……」
「アナ、部屋に行くぞ」
 義助が、アナを起こそうとした。
「僕が、おんぶするよ」
 カズが、アナをおんぶした。
 三人が、寮の相部屋に行って、眠りに就いた。


前へ  目次  次へ

Copyright (C) SUZ45. All Rights Reserved.