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最終話
大会も、終盤を迎えた頃、屋内会場の一部が騒がしくなった。
「避難してください! 避難してください!」
けたたましい警報音が鳴り響き、アナウンスが入り続けた。完全なパニック状態だった。なんと、会場のスポーツ施設が火事になってしまったのだ。
「大丈夫ですから」
アナが、IOCの会長を連れて、避難を開始した。
その時、スポーツ施設の通路で、衝立の下敷きになった子供がいた。アナたちが、衝立をどかそうとしたが、ビクともしなかった。焦るアナ。その時、「どけー」と車椅子ユーザーの男性が来て、衝立を持ち上げ、弾き飛ばした。パワーリフティングの選手だった。彼が、下敷きになった子供を救ったのだ。彼は、「力仕事なら任せとけ」と言って、子供を抱えて車椅子で走り去った。
辺りが、煙に包まれ、先が見えなくなってしまった。その中で、「避難口は、こちらでーす!」と大きな声がしていた。アナが、「なんで分かるんだ?」と思っていたら、煙の中、視覚障害者が、声を張り上げていた。音の出るボールを使って連携し、出口まで誘導してくれていたのだ。アナが、視覚障害者に、「早めに避難してください」と言うと、視覚障害者は、「最後までやらせてください。普段助けてもらってばかりだから、恩返しを」と言った。
その時、天井から落下物が落ちて来た。その下には、子供がいた。アナが、「当たる、危ない!」と言った瞬間、パンパンパーンと、発砲音が数度して、落下物が弾け飛んだ。射撃だ。射撃の選手が、落下物を弾き飛ばした。射撃の選手は、「そこ危ないよ、端を歩きな」と優しく子供に声をかけた。
そして、遠くから、「子供がプールに落ちた」と声が上がった。「助けに行く!」カズが、プールに走った。カズは、プールに飛び込み、子供を助けた。
火事は、幸い、すぐに鎮火して、残りの競技を行うことができた。
全ての競技が終わり、表彰式が、開催された。
各競技の優勝チームの選手とスタッフが、表彰台に上った。
「チームのみんなに感謝したい」
優勝選手が、口を揃えて、スピーチした。健常者が優勝する競技もあったし、障害者が健常者を抑えて、優勝する競技もあった。両者は、拮抗していた。
「これこそが、チーム五輪の醍醐味です」
アナが、誇らしげにIOCの会長に言った。
今回のチーム五輪大会には、〈イノベーション賞〉と言うものが、設けられた。優れた科学技術に与えられる賞だった。
「世界が、一つになれた素晴らしい技術だった」
チーム五輪大会の会長が、評価を述べた。受賞したのは、世界中の応援者の声を、インターネットを通じて、選手のイヤホンに伝える機器の開発チームだった。
「世界中の応援の声が、励みになりました」
選手の喜びの声が、多く聞こえた。
各選手は、ここにたどり着くまでには、多くの苦労があった。それが、今、昇華したのだ。選手もアナも、感無量だった。
「今までの中で、一番温かい涙だった」
アナが、ボロボロと大泣きした。
「素晴らしい」
IOCの会長も、隣で目を潤ませていた。
最後に閉会式が、執り行われた。
「この先、チーム五輪が、どこに向かっていくかは、正直分かりません。ただ、障害者にとっても健常者にとっても、生きやすい社会の助力になって欲しい。それが、できると信じています」
アナが、堂々と語った。「思えば、新型コロナウイルスは、世界の結束力を試したのかも知れません。選手は、チームのメンバーに支えられ、世界中の観客に支えられて、その困難を乗り越えました。このチーム五輪は、チームで戦う五輪でした。そのチームとは、世界中の全ての人々だったのではないでしょうか。チーム五輪は、みんなに支えられて、支えてあげた大会でした。ありがとう、皆様」
大会の幕が閉じた。観客席は、連日満員だった。
「楽しかった」
参加者も観戦者も、大満足していた。チーム五輪が、健常者と障害者の架け橋になって、社会は、大きく変わった。
「本当に良かった」
アナが、万感の思いで、微笑んだ。
「チーム五輪は、平和に貢献してくれた」
開催国の長が、お礼を言った。事実、大会期間中、開催国では、一発の銃弾も、発射されなかった。
その時、アナが、その場に崩れ落ちた。
「アナ……!」
義助が、アナを助け起こして、介抱した。しかし、アナの意識は、遠のくばかりだった。
心臓発作だった。
アナが、すぐに開催国の病院に搬送された。
「アナ、こんな晴れの舞台で、何しているんだよ! 起きてくれよ!」
義助が、アナの体を揺り動かして、慟哭した。
アナは、目を覚まさなかった。
カズと義助は、アナの言葉を思い出していた。アナは、身を以て、それを実現してくれた。
――障害は、世界平和の切り札です。
了
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