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第一話


 自然の花は、見せるために咲いているのではない。自らしかるべきところー空間くうかんーに、然るべき時節じせつー時間ーに、花開くのである。つまり自然に。それを、さまざまな発見の仕方をした人間がさまざまにめでるわけである。(『心より心に伝ふる花』観世寿夫、白水社)

 片田舎かたいなかのJR駅前の商店街しょうてんがいのはずれには、小さくて新しい総合病院そうごうびょういんがあった。アラフォーの妻が、産婦人科さんふじんか妊婦健診にんぷけんしんを受けていた。妻は、妊娠にんしんしていて、これが、初産ういざんだった。妻は、健診を終えて、産婦人科の医師の診察室しんさつしつに呼ばれた。 「出生前しゅっしょうまえ検査けんさを受けますか?」 「はい、一応……」  妻は、あらかじめ、夫と出生前の検査を受けることを決めていた。  後日、妻が、出生前の検査を受けた。結果が出るまでは、不安な日々が続いた。  そして、結果が出た。妻は、検査結果を聞きに、医師の診察室に入った。診察室には、重苦おもくるしい空気がただよっていた。 「二卵性双生児にらんせいそうせいじの一方の子が、ダウン症ですね」 「え?」  妻は、動揺どうようした。それからの説明は、ほとんど覚えていなかった。妻は、傷心しょうしんのまま、帰宅して、一人、涙を流した。  その晩、夫が帰宅して、二人で、夕食を食べた。 「検査、良くなかったのかい?」  夫が、妻の様子をさっして、優しく聞いた。 「……一人……ダウン症だって」 「いいじゃないか。産もうよ」 「本当に良いの?」 「ああ、一緒に育てよう。きっと立派りっぱな子に育つ」 「ありがとう……」  妻は、涙を流して、夕食を食べた。本当にこの人と一緒になって良かった。心から、そう思った。  その夜、妻は、寝室のベッドの中で、静々と涙を流した。夫が、妻の肩を優しく抱いた。夫も、目に涙を浮かべていた。それほど、ダウン症の衝撃しょうげきは、大きかった。  数週間後すうしゅうかんご、妻は、総合病院の分娩室ぶんべんしつにいた。外の廊下ろうかでは、夫が、その時を今か今かと待っていた。 「オギャーオギャー」  姉が生まれた。  看護師かんごしが、姉を検査室に連れて行った。 (かせてもらえないの……?)  妻が、不審ふしんに思ったが、二人目を産んでからかと思い、再び、いきみ始めた。 「オギャーオギャー」  妹が生まれた。  妹も、検査室に連れて行かれた。 「抱かせてもらえないの……?」  妻が、不安そうに聞いた。 「ちょっと検査をしていますのでね〜」  看護師が、優しく言った。  夫妻は、生まれたばかりの姉妹を抱くことができなかった。  一週間後、姉妹の父母は、産婦人科の医師の診察室に呼ばれた。 「お姉ちゃんが、ダウン症ですね。心臓病しんぞうびょう合併症がっぺいしょうがありました。根治手術こんちしゅじゅつはできません。将来、心臓発作しんぞうほっさを起こすことがあるかも知れません。そして、長くは持たないでしょう。余命よめい十年」  医師が、淡々たんたんと告げた。 「余命……十年……?」  姉妹の父母が、がっくりと肩を落として、診察室を出た。 「赤ちゃん、抱きますか?」  看護師が、おだやかに言った。 「抱けるんですか?」  姉妹の母が、すがるように言った。 「はい」  姉妹の父母が、姉妹を抱いた。 「それでも、可愛かわいいわ」 「ああ、立派に育てよう」  姉をアナ、妹を妹子まいこと名付けた。
ひまわり
 姉妹の母は、産後さんごしばらく病室で過ごした。病室には、ひまわりの花が、咲きほこっていた。 「立派な子に育ててね」  姉妹の父母の友人からのおくり物だった。 「ありがとうね、みんな」  姉妹の父母は、アナが、ダウン症だと言うことをつつかくさずに、伝えていた。しかし、余命十年は、どうしても、言えなかった。どんなに仲の良い友人にも言えなかった。それほど、余命十年の衝撃は大きかった。 「アナ、ごめんね……」  姉妹の母は、毎日、保育器ほいくきねむるアナにあやまった。  アナは、スヤスヤと寝ていた。 「手塩てしおにかけて育てるしかない」  姉妹の父が、姉妹の母を勇気ゆうき付けた。事実、それしかできることはなかった。


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  1. https://www.kajuen-online.com/sunflower

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