花
第一話
自然の花は、見せるために咲いているのではない。自ら然るべきところー空間ーに、然るべき時節ー時間ーに、花開くのである。つまり自然に。それを、さまざまな発見の仕方をした人間がさまざまにめでるわけである。(『心より心に伝ふる花』観世寿夫、白水社)
*
片田舎のJR駅前の商店街のはずれには、小さくて新しい総合病院があった。アラフォーの妻が、産婦人科の妊婦健診を受けていた。妻は、妊娠していて、これが、初産だった。妻は、健診を終えて、産婦人科の医師の診察室に呼ばれた。
「出生前の検査を受けますか?」
「はい、一応……」
妻は、あらかじめ、夫と出生前の検査を受けることを決めていた。
後日、妻が、出生前の検査を受けた。結果が出るまでは、不安な日々が続いた。
そして、結果が出た。妻は、検査結果を聞きに、医師の診察室に入った。診察室には、重苦しい空気が漂っていた。
「二卵性双生児の一方の子が、ダウン症ですね」
「え?」
妻は、動揺した。それからの説明は、ほとんど覚えていなかった。妻は、傷心のまま、帰宅して、一人、涙を流した。
その晩、夫が帰宅して、二人で、夕食を食べた。
「検査、良くなかったのかい?」
夫が、妻の様子を察して、優しく聞いた。
「……一人……ダウン症だって」
「いいじゃないか。産もうよ」
「本当に良いの?」
「ああ、一緒に育てよう。きっと立派な子に育つ」
「ありがとう……」
妻は、涙を流して、夕食を食べた。本当にこの人と一緒になって良かった。心から、そう思った。
その夜、妻は、寝室のベッドの中で、静々と涙を流した。夫が、妻の肩を優しく抱いた。夫も、目に涙を浮かべていた。それほど、ダウン症の衝撃は、大きかった。
数週間後、妻は、総合病院の分娩室にいた。外の廊下では、夫が、その時を今か今かと待っていた。
「オギャーオギャー」
姉が生まれた。
看護師が、姉を検査室に連れて行った。
(抱かせてもらえないの……?)
妻が、不審に思ったが、二人目を産んでからかと思い、再び、息み始めた。
「オギャーオギャー」
妹が生まれた。
妹も、検査室に連れて行かれた。
「抱かせてもらえないの……?」
妻が、不安そうに聞いた。
「ちょっと検査をしていますのでね〜」
看護師が、優しく言った。
夫妻は、生まれたばかりの姉妹を抱くことができなかった。
一週間後、姉妹の父母は、産婦人科の医師の診察室に呼ばれた。
「お姉ちゃんが、ダウン症ですね。心臓病の合併症がありました。根治手術はできません。将来、心臓発作を起こすことがあるかも知れません。そして、長くは持たないでしょう。余命十年」
医師が、淡々と告げた。
「余命……十年……?」
姉妹の父母が、がっくりと肩を落として、診察室を出た。
「赤ちゃん、抱きますか?」
看護師が、穏やかに言った。
「抱けるんですか?」
姉妹の母が、すがるように言った。
「はい」
姉妹の父母が、姉妹を抱いた。
「それでも、可愛いわ」
「ああ、立派に育てよう」
姉をアナ、妹を妹子と名付けた。
姉妹の母は、産後しばらく病室で過ごした。病室には、ひまわりの花が、咲き誇っていた。
「立派な子に育ててね」
姉妹の父母の友人からの贈り物だった。
「ありがとうね、みんな」
姉妹の父母は、アナが、ダウン症だと言うことを包み隠さずに、伝えていた。しかし、余命十年は、どうしても、言えなかった。どんなに仲の良い友人にも言えなかった。それほど、余命十年の衝撃は大きかった。
「アナ、ごめんね……」
姉妹の母は、毎日、保育器で眠るアナに謝った。
アナは、スヤスヤと寝ていた。
「手塩にかけて育てるしかない」
姉妹の父が、姉妹の母を勇気付けた。事実、それしかできることはなかった。
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