花
第五話
ある日の放課後、支援学級の先生が、支援学級の教室に交流会のメンバーを集めた。
「来月、小学校の体育館で、ミュージカルの公演をすることになりました!」
支援学級の先生が、報告した。
「おおっ!」交流会のメンバーが、感激した。
「アナは、間に合うのか……?」
同時に、アナの心配をしていた。場合によっては、アナ抜きで公演をすることを覚悟していた。
その日、交流会のミュージカルの練習が終わって、妹子が、カズと一緒に片付けをしていた。
「アナは、余命十年なの」
妹子が、おもむろにカズにアナの余命を伝えた。
「え?」
「十歳までしか生きられないの」
「もう十二歳じゃないか」
「そうなの……」
「そんなことってあるかい?」
カズは、大きく動揺した。それから、涙を流して、アナの不憫を嘆いた。妹子は、カズの姿をじっと見つめていた。
――どうして言ったんだろう。
妹子には、明確な答えが、分からなかった。しかし、カズに言わないのは、不義理だと思った。カズが、アナのことを愛していることも知っていた。だから、カズに伝えた。妹子に後悔はなかった。それほどに、カズは、真摯な対応をしてくれた。
「アナは、それを知っているのかい?」
「知らない」
カズは、色んなことに思いを巡らした。小学一年生の時に、アナに告った。その時の返事が、「ノー」だったのは、もしかして、アナは、それに気づいていたからなのではないか。そう思ったが、それを知る術はなかった。
以来、カズは、毎日のようにアナのお見舞いに行った。支援学級の教室裏の花壇の花を少しずつ摘み取って、病室に飾った。
「お花に囲まれて、良い気分だわ」
「だろう」
「ハッハハハハ」
カズには、そんなことしかできなかった。それが、悔しくてたまらなかった。どうして、こんなに良い子の命が、奪われなくてはならないのだろう。カズが、思い悩んだ。
「カズ、ありがとうね。お花に、とても勇気付けられた」
「アナには、花が似合うから」
それは、本心だった。本当に花の似合う、素敵な子だった。アナも、カズに気を遣って、必死に明るく過ごしていた。正直、心臓が、重苦しかった。体もだるい。それでも、カズのために笑った。それが、アナにできる唯一の恩返しだった。アナは、必死に闘っていた。アナとカズは、どこまでも、純粋で健気で一生懸命だった。
ある日、姉妹の父と母が、アナの担当医に呼ばれた。二人は、期待と不安の入り交じる中、医師の診察室に入って行った。
「一時退院なさいますか?」
「できるんですか?」姉妹の父が、聞き返した。
「はい。ただ、最期の一時退院になるでしょう」
「そんな……」
姉妹の父と母は、診察室を出て、病院の待合室の椅子に座って、今後の方針を決めた。アナには、一時退院させて、行きたいところに行かせることにした。姉妹の父と母にとっても、辛い選択だった。一時退院できるが、最期なのだ。それが終わると、アナは、もうどこへも行けない。
「アナ、一時退院できるけど、どこに行きたい?」
姉妹の父が、病室のアナに聞いた。
「学校の花壇に行きたい」
アナが、嬉しそうに答えた。あの墓地で拾った種の生育状態を確かめたかった。姉妹の母は、涙が止まらなかった。アナは、その涙を見て、ある程度のことを悟った。それでも、姉妹の母の涙には触れなかった。アナは、とても優しく、賢かった。
後日、姉妹の父と母が、アナを車椅子に乗せて、支援学級の教室裏の花壇に行った。
花壇には、二人の小さな姿があった。妹子とカズ。二人は、アナを迎えてくれた。
「待っていたよ」カズが、優しく言った。
「ああ、ありがとうね」
アナが、二人にお礼を言った。それから、アナが、興味津々に花の様子を眺めた。アナの蒔いた種が、黄緑色の小さな芽を出していた。
「楽しみだね〜」
アナが、嬉しそうに言った。
「本当に。何の花が咲くだろう」
カズが、嬉しそうに答えた。
「ハッハハハハ」
みんなで、大きな声で笑った。花も頑張って咲こうとしていた。負けていられない。アナも、そう思っていた。
「じゃ、帰ろうかな」
アナが、短く言った。
「もういいの?」
姉妹の母が、驚いて聞いた。それは、あまりに短い時間だった。
「十分」
そう言ったアナの目には、大粒の涙が、あふれていた。花の咲くところを見られないかも知れない。アナは、正直そう感じていた。妹子とカズも、アナの姿を見て、もらい泣きしてしまった。それでも、アナの病は、待ってくれなかった。
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