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最終話


 交流会のメンバーは、放課後、支援学級の教室で、ミュージカルの練習を急ピッチで行なっていた。時間がないことは、明白めいはくだった。余命十年。カズは、それを知って以来、ミュージカルの練習に没頭ぼっとうしていた。妹子も、然り。交流会のメンバーも、アナの病状が良くないことは、薄々うすうす感じていた。
「公演は、体育館でなく、総合病院のホールで行いたい。そこなら、アナも、出られるかも知れないから」
 妹子が、交流会のメンバーと先生に言った。ギリギリの提案ていあんだった。それほど、アナの容体ようだいは、良くなかった。
「そうだね」
 交流会のメンバーが、全員賛同さんどうしてくれた。支援学級の先生も、八方はっぽう手を尽くしてくれた。そうして、公演は、総合病院のホールで行われることになった。

 ミュージカルの公演当日を迎えた。会場の総合病院のホールには、患者とその家族、看護師、医師が、多く観劇かんげきに来てくれた。
 アナは、間に合わなかった。
 アナは、車椅子くるまいすに乗って、ミュージカル公演を見に来た。交流会のメンバーが、アナに気づいて、手を振った。アナも、それに気づいて、手を振り返してくれた。アナは、辛そうな笑顔を必死に振りまいていた。

ミュージカル
 親指姫のミュージカル公演が、スタートした。交流会のメンバーが、大きくはっきりした声を出して、必死に演じた。アナは、ニコニコしながら、一緒にミュージカルの歌詞かしを口ずさんでいた。とても気持ちの良い時間を過ごせた。 「アナの為に……」  妹子とカズは、後半、涙声なみだごえになってしまった。二人は、涙を流しながら、必死に演じた。  そして、ミュージカルの公演が、終わった。会場から、大きな拍手がわいた。交流会のメンバーは、全員、涙を流していた。みんなが、アナの為に演じた。 「感動した」  観客も、皆、泣いてしまった。交流会のミュージカルには、それだけ、心を打つものがあった。交流会のメンバーの意図いとは、観客に伝わっていたのだ。アナも、満足そうに手を叩いていた。  実は、アナは、最後まで、交流会のミュージカルの出演を希望きぼうしていた。毎日のように、病室で、親指姫の台本片手に猛練習をしていた。しかし、体調が芳しくなく、出演を諦めた。公演に参加できなかったことを残念ざんねんがっていた。だから、交流会のメンバーの勇姿ゆうしが、微笑ましく、誇りに思っていた。
能
 自然の花は、見せるために咲いているのではない。自ら然るべきところー空間ーに、然るべき時節ー時間ーに、花開くのである。つまり自然に。それを、さまざまな発見の仕方をした人間がさまざまにめでるわけである。  これは、世阿弥ぜあみの花論であり、演技えんぎ心構こころがまえをろんじたものである。自然の花のように、舞台上で咲き、それを、観客がさまざまにめでる。 「障害児は、花のようだ」  観客の一人が言った。まさに、障害児は、人生の舞台で、花のように咲く。薔薇ばらにはなれないかも知れない、きくにはなれないかも知れない、でも、見たことのない花を見られるかも知れない。それが、障害児の魅力。苦労して育てた花は、きっと美しい。厳しい環境かんきょうでも、健気に咲くだろう。それをめでるのが、至福しふくなのだ。  公演後、アナの体調が悪化あっかした。姉妹の父と母が、アナの車椅子を押して、アナを病室に戻し、処置を受けさせた。妹子とカズも、その一報いっぽうを聞きつけ、病室に駆けつけた。 「……最高の……花…………咲いてた……」  アナが、息もえに言った。 「アナ、しっかりして!」  妹子が、思わず、叫んだ。  それから、妹子が、学校の花壇に走った。  ――花壇の花が咲いていた。 「何の花だろう?」  妹子が、いぶかしむ。  それは、妹子も、初めて見る花だった。  妹子は、それを病室に持ち帰り、アナの手ににぎらせた。 「良い香り」  アナが、花の匂いをいだ。  その時、奇跡は起きた。 「ピッ……ピッ、ピッ」  アナの心音が、再び、確かな鼓動こどうを始めた! 「アナ、しっかり!」  カズが、声をかけた。 「ありがとう……大丈夫みたい……」  アナは、弱々しいながらも、しっかりとした口調くちょうをして、眠りについた。 「先生! アナは?」  妹子が、医師にうた。 「奇跡が起きました。力強い心音です。もう大丈夫。とうげは越しました。あとは、目が覚めるのを待つばかりです」 「良かった……」  カズが、その場にくずれ落ちた。  アナの病室の棚の上には、親指姫の台本が、置いてあった。そこには、メモが記されていた。  メモ:〈余命、知っていたよ。自分の死期しきは、分かるつもり。胸が、シクシク痛むんだ。気をつかわせてしまったね。ごめん。花になります。花になって、みんなを見守ります〉 「余命、知って……いたんだ……」  妹子が、泣き崩れた。  妹子が、泣きくずれた。  アナは、短い余命をさとりつつ、過酷かこくな人生を過ごしていたのだ。それは、あまりにせつない事実だった。しかし、同時に、周りのみんなの優しさにもれることができた。アナは、それを素直に感謝かんしゃしていた。アナは、健気で、いじらしい子だった。 「カズ、ありがとう。この奇跡の花を育ててくれて」  妹子が、カズに感謝した。 「ここは、アナの舞台だ。最高の演技を見せてもらった。たましいの演技だ。自然の花のように咲き誇っている。ただ自然に……」  カズが、泣きじゃくった。  後日、アナが、目を覚ました。 「アナ、大丈夫なの?」  妹子が、看病かんびょうしていた。 「……花壇の花が咲いた夢を見ていた」  アナが、微笑んだ。 「咲いていたよ。この花」  妹子が、アナに、花壇の花を見せた。 「見たことない花だわ」




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画像の出典

  1. http://numagaku.sakura.ne.jp/dai1/2018/12/26/585/
  2. https://www.realtokyo.co.jp/performance/shibuya-noh/

引用文献


  1. 『心より心に伝ふる花』観世寿夫、白水社

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