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第一話


 ぱらぱらと雪の舞う日だった。
 片田舎の商店街のはずれの小さな総合病院に、アナの父は、入院していた。癌だった。ステージはそれほど進んでいなかったが、体は衰弱していた。
 アナとアナの母が、病室のアナの父のお見舞いをしていた。
「大丈夫、お父さん?」
 アナが、声をかけた。
「ありがとうな、アナ」
 アナの父が、精一杯の元気な姿を見せた。
 アナは、こうして、毎日のようにアナの母に連れられて、アナの父のお見舞いをしていた。
「銀婚式は、何かプレゼントを贈るから」
 アナの父母の銀婚式の直前だった。
「高いものじゃなくて良いからね。心のこもったものをくださいな」
「はい」
 アナは、小学六年生で、近所の小学校の支援学級に通っていた。ダウン症だった。軽度の知的障害があって、勉強が苦手だった。また、少しメタボだったので、運動も苦手だった。それでも、毎日精一杯に生きていた。
「それじゃ、また明日」
 アナが、アナの父に別れを告げて、病院を後にした。
 その帰り道、アナの母が、目を離した隙に、アナが、居なくなってしまった。
「アナ! アナ!」
 アナの母が、半狂乱になって、叫んだ。
 しかし、アナの返事はなかった。
「娘が、居なくなってしまいました!」
 アナの母が、警察に通報した。
「女の子が、軽自動車に乗せられていましたよ」
 目撃証言があった。
 アナは、誘拐されていた。
 警察は、病院の一室に対策室を作って、刑事が集まった。アナの父と母も、対策室に待機した。アナの父は、酸素呼吸機を付けて、車椅子に座っていた。体は辛かったが、そんなことは言っていられない状況だった。
「3000万円用意しろ」
 ほどなくして、犯人から、身代金の要求があった。
「そんなお金、用意できません」
 アナの母が、途方に暮れた。
「警察の方で、用意します」
 担当刑事が、機転を利かせてくれた。

     *

 アナを産んだのは、アナの父と母が、四十歳の時だった。
「貴方、赤ちゃんができました」
 アナの母が、満面の笑みで告げた。
「ほ、本当か!」
 アナの父も、大いに喜んだ。結婚十五年目にしてようやく授かった子だった。
 アナは、アナの母の胎内で、すくすくと成長してくれた。
「出生前の検査は受けますか?」
 医師が、アナの母に尋ねた。
「お願いします」
 アナの母は、高齢出産だったので、アナの父と相談して、出生前の検査を受けることに決めていた。
 検査の数日後、アナの母が、医師の診察室に呼ばれた。
「お子さんは、ダウン症です」
「え……?」
 アナの母が、言葉を失った。それからのことは、覚えていない。自宅に戻って、一人で泣いた。
「検査結果、良くなかったのかい?」
 アナの父が、アナの母の様子を察して、優しく聞いた。
「ダウン症だって……」
「良いじゃないか。産もうよ」
「良いの」
「立派に育ててみせる」
「ありがとう」
 アナの母が、アナの父に抱きついて、泣いた。アナの父の頼り甲斐のある言葉が、何より嬉しかった。
 数週間後、アナの母の陣痛が来た。アナの父が、車で、アナの母を総合病院に連れて行った。
「産まれそうなんです!」
 アナの父が、慌てて、伝えた。
「立ち会いますか?」
 看護師が、アナの父に聞いた。
「いえ、外で待ちます」
 アナの父は、分娩室前の廊下でその時を待った。
「オギャーオギャー」
 産まれた。
「抱かせてもらえないの……?」
 アナの母が、心配そうに看護師に聞いた。
「ちょっと検査をしますからね〜」
 看護師が、優しく言った。
 一週間後、アナの父と母が、医師の診察室に呼ばれた。
「アナちゃんは、やはりダウン症でした。それに、重い心臓病の合併症がありました。もう少し大きくなったら、手術をしましょう。根治はできませんが」
「そ、そんな……」
 アナの母が、涙を流した。
 アナの父母が、診察室を出た。
「赤ちゃん、抱きますか?」
 看護師が、優しく言った。
「抱けるんですか?」
 アナの母が、すがるように聞いた。
「はい」
 アナの父母が、アナを抱いた。
「可愛いわ」
「ああ、手塩にかけて育てよう」


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