四十九日の入学式

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第四話


 アナと妹子は、小学校を卒業後、支援学校の中学部に通うことに決まった。支援学校は、郊外にあり、小学部、中学部、高等部があった。一学年、七クラスほどがあり、それぞれのクラスの定員は、数名だった。支援学校は、新しく、比較的大きな学校だった。アナと妹子は、一番障害の軽いクラスに所属する予定だった。アナと妹子は、毎日、バスで通学することになっていた。
「楽しみだね」
 アナが、妹子に言った。
「そうね」
 アナと妹子は、支援学校への進学を楽しみにしていた。
「お父さんとお母さんも、喜んでくれているかな?」
「もちろん」
 桃子先生が、アナと妹子を商店街の衣料品店に連れて行き、支援学校中学部の制服を買った。
「可愛い制服!」
 アナと妹子は、支援学校の制服に感激してしまった。姉妹の父と母と離れて暮らしていても、進学の喜びが、優った。それほど、支援学校への憧れが、強かった。桃子先生も、そんなアナと妹子の様子を見て、感激していた。そこには、夢見る少女の姿があった。障害児にとって、夢は、重要な要素だ。それなくして、人生はありえない。日々の辛さを、夢が、癒すのだ。

 小学校の修学旅行のシーズンが来た。支援学級の生徒も、普通学級の生徒に混じって、修学旅行に参加するのだ。今年度は、テーマパークへの一泊二日の小旅行だった。アナと妹子は、桃子先生に引率されて、行動した。
 一日目、アナと妹子は、アトラクションに乗って、楽しんだ。このテーマパークは、姉妹の父と母と一緒に、何度か来ていた。しかし、いつも休日で、平日に来るのは、初めてだった。
「空いてる〜」
 だから、アナと妹子は、舞い上がってしまった。
 一日目の夜、アナと妹子は、桃子先生と一緒の部屋に泊まった。桃子先生が、アナと妹子の世話をした。
「いつもと一緒ね」
 アナが、笑った。
「ハッハハハハ」
 確かに、いつもと一緒だった。
 二日目の終盤、アナと妹子が、お土産屋で、姉妹の父母にお土産を選んでいた。その時、悲しい事態になった。
「障害児が、うぜえんだよ!」
 アナと妹子が、修学旅行に来ていた中学生に、因縁をつけられたのだ。
 偏見だった。
「ごめんなさい」
 妹子が、謝った。
「謝らなくていい!」
 アナが、中学生に向かって行って、取っ組み合いの喧嘩になった。アナは、劣勢だった。
「何している!」
 助っ人が現れた。
 桃子先生だった。桃子先生は、中学生をアナから引き離し、やっつけた。
「恥を知れ!」
 桃子先生が、大きな声で言った。「大丈夫?」
「ありがとうございます」
 妹子が、お礼を言った。
 桃子先生は、本当に頼りになる先生だった。アナと妹子は、それが、誇らしかった。
「お土産、買ったの?」
「まだですけど、梅干しにしようかなと」
「梅干し?」
 桃子先生が、少し笑った。
「海外じゃ、買えないだろうから」
 アナと妹子は、姉妹の父と母の為に、梅干しを買おうとしていた。桃子先生は、少しだけ目に涙を浮かべた。それほどに、アナと妹子は、健気で、いじらしかった。
「海外に送ろうか?」
 桃子先生が、提案した。
「お願いします」
 アナと妹子が、笑った。
 そうして、思い出深い修学旅行が終わった。

 小学校生活の最後の授業参観の日が来た。父兄との最後の思い出を作る為だった。支援学級でも、父兄も呼んだが、誰も来てくれなかった。
「寂しい授業参観になったね」
 アナが、妹子に言った。
「うん」
「ドラマだと、ここで、お父さんとお母さんが来て、感動の再会をして、ハッピーエンドなのに」
「ハッハハハハ」
 アナは、こんな時でも、冗談を言った。妹子は、そんなアナを陰ながら応援した。そうして、アナと妹子は、お互いを支え合った。

 さらに、悲しい事態になった。姉妹の父母からの手紙の返事が、一向に来なかったのだ。
「どうして、お返事くれないんだろう……?」
 アナが、寂しそうに言った。「桃子先生、本当に送ってくれたのかな?」
「約束してくれたんだから、信じよう」
「そうね……」
 アナと妹子は、少し疑心暗鬼になっていた。
 桃子先生は、その二人の様子を察して、困惑していた。

 三月下旬、小学校の体育館で、卒業式が、執り行われた。アナと妹子も、参列していた。父兄席に、姉妹の父と母の姿は、なかった。桃子先生が、教師の席で、困惑の表情を浮かべていた。卒業式は、滞りなく進んだ。アナと妹子は、なんども、父兄席を見渡した。姉妹の父母は、結局、卒業式にも来てくれなかった。
「卒業式も間に合わずか」
 アナが、寂しそうに言った。
「仕方ないよ。お仕事だもん」
「仕事と卒業式、どちらが、大事なのか……何かが、おかしい」
 アナと妹子は、その異変を感じ取っていた。

 卒業式から数日が経ち、アナと妹子は、桃子先生の自宅で、遊んでいた。その時、来客があった。父方の祖父が、遠方から、アナと妹子に会いに来てくれたのだ。
「あら、お祖父ちゃん」
 アナが、嬉しそうに声をかけた。
「わあ、お祖父ちゃんだ!」
 妹子も、喜んだ。
「久しぶりだねぇ」
 祖父も、アナと妹子に会えて、笑顔を見せた。
 それから、桃子先生が、祖父を招き入れ、みんなで談笑した。そして、自然と姉妹の父母の話になった。
「うちにおいでよ」
 祖父が、アナと妹子に、優しく提案した。
「いえ、この町で、生まれ育ったので……それに、お父さんとお母さんも、そのうち戻ってくると思うので……」
 アナと妹子は、少し困惑したが、頑なに引越しを拒んだ。
「そうか……そうだよね……」
 祖父は、歯切れが悪かった。そして、寂しそうに帰って行った。
「変なことを言っていたね」
 アナが、祖父の様子を振り返った。
「本当にね」
 妹子も、変だと思っていた。
「ボケたのかしら」
「ハッハハハハ」
 アナは、妹子の笑顔を取り戻させた。
 しかし、桃子先生は、深刻な表情をしていた。


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