四十九日の入学式

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最終話


 四月一日になった。アナと妹子は、桃子先生の自宅で、遊んでいた。桃子先生は、小学校の仕事で、朝から出かけていた。
「エイプリルフールだね」
 アナが、嬉しそうに妹子に言った。
「何かイタズラしちゃう?」
「自宅に行ってみようか」
「そうだね、案外、お父さんとお母さんがいたりして」
「ハッハハハハ」
 そうして、アナと妹子が、桃子先生の自宅を出た。
 バスを乗り継いで、ようやく姉妹の自宅にたどり着いた。
「いつもの場所に鍵がないや」
 妹子が、鍵を探したが、見つからなかった。アナが、インターフォンを鳴らしたが、誰も出て来なかった。アナと妹子が、窓から中の様子を探った。
「誰も居ないや」
 アナが、寂しがった。事実、姉妹の自宅には、誰も居なかった。
「廃墟みたいだね」
「うん……」
 アナと妹子は、がっくりと肩を落として、帰途についた。
 その晩、アナと妹子が、桃子先生と夕食を共にした。しかし、アナも妹子も、姉妹の自宅に行ったことを言わなかった。暗黙の了解だった。

 支援学校の入学式の日の朝が来た。入学式は、この日の昼過ぎからだった。奇しくも、この日、内職の給料が出た。
「晴れて、この日が来ました!」
「国際電話をかけるお金が、貯まりました!」
「お父さんとお母さんに、入学の報告をするんだ!」
 アナと妹子が、嬉しそうに桃子先生に言った。
「そのお金で、菊を買いなさい」
 桃子先生が、アナと妹子に言った。
「菊?」
 アナと妹子は、何が何だか分からなかったが、桃子先生の指示に従い、桃子先生と一緒に花屋へ行った。
「この大輪の菊がいいわ」
 桃子先生が、アナと妹子に言った。
「お金、無くなっちゃうわ」
 アナが、日和った。
「それでいい」
 アナと妹子は、不審に思ったが、貯めたお金を叩いて、大輪の菊を買った。
 それから、桃子先生が、アナと妹子を連れて、姉妹の自宅に行った。そこでは、法要が、執り行われていた。姉妹の祖父が、参列者に挨拶をしていた。
「なあに、この法要……?」
 アナが、不審に思った。
「お父さんとお母さんの法要よ」
 桃子先生が、静かに言った。
「お父さんとお母さんの……?」
 妹子が、顔を曇らせた。
「亡くなっていたの……」
 桃子先生が、アナと妹子に伝えて、涙を流した。姉妹の父母は、交通事故で、亡くなっていた。
「ごめんね、言えなかった……」
「いえ、桃子先生の気持ちは、分かるつもりです。良かった……」
 アナが、気丈に言った。
「良かったって……どうして?」
「お父さんとお母さんに捨てられたと思っていたから」
「そんな……真逆よ。お父さんとお母さんは、亡くなる直前まで、アナと妹子のことを気にかけていたそうよ……折り鶴を開いて見なさい」
 アナと妹子が、折り鶴の紙を広げた。
 アナへのメッセージ:〈妹子と仲良く、強く、立派なお姉さんになってくれ。すまない、見届けることができそうもない。生きろ、生きるんだ!〉
 妹子へのメッセージ:〈アナと力を合わせて、優しさを忘れずに、生きるんだよ。お父さんとお母さんは、いつまでも、見守っている。約束するから〉
 そこには、姉妹の父からの最期のメッセージが記されていた。交通事故の後、病院に搬送されて、最期に殴り書きしたものだった。姉妹の母は、ほぼ即死だった。それでも、最期に、「アナと妹子をお願い」と、言い遺した。桃子先生が、そのメッセージの書かれた紙を受け取り、折り鶴と言う形で、アナと妹子に託した。姉妹の父母と常に一緒に居させてあげたかったから。あわよくば、二人が、メッセージに気づいてくれることを期待していたのかも知れない。自分の口から、言えるかどうか、自信がなかったから。
「これから、どうしたい?」
 桃子先生が、アナと妹子に聞いた。
「妹子と二人、父母と過ごした家で暮らします」
 アナが、気丈に答えた。アナと妹子は、健気にも、新聞配達を始めることにした。
「もっと早くに決断すべきだった」
 祖父が、家を売り払って、姉妹の自宅で、同居してくれることになった。
「本当に強くて、優しい子に育ちました」
 桃子先生が、誇らしげに微笑んだ。
「菊、お供えしていいですか?」
 アナが、桃子先生に聞いた。
「うん、お願い」
 アナと妹子が、大輪の菊を姉妹の父母に供えた。
 それから、桃子先生が、アナと妹子に支援学校中学部の制服を着せた。
「お父さん、お母さん、支援学校の制服だよ。可愛いでしょ?」
 アナと妹子は、制服姿を姉妹の父と母に見せた。
「さ、行きましょうか」
 桃子先生が、アナと妹子に言った。桃子先生は、目に涙を溜めていた。
「はい」
 アナと妹子が、支援学校中学部の入学式に臨んだ。
 四十九日の日のことだった。





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