ミューチュ
最終話
13
ダンス大会が、武道館で行われることになった。
「よく、こんな会場でできることになったな」アナが、カズに告げた。
「ミューチュで、クラウドファンディングを企画したんだ。すごいサポートがあったよ」カズが、得意げ。
「カズ……これが、奇跡なのね?」
「まだまだ〜。こんなもんじゃないよ」
アナ、妹子、後妻が、ダンス大会に参加することになった。
「僕は、今回、裏方に徹するよ」カズが、忙しそうに働いた。
「カズは、それで良いの?」妹子が、心配した。
「それが良いんだ。振り付けを教えるよ。基本的に、アナとのセッションだから」カズが、妹子に言った。
カズが、妹子を指導した。
「アナは、対応できるの?」妹子が、不安そう。
「ずっとこの練習をして来たから」
「ずっとって、いつから?」
「高校の頃。妹子が、僕をダンスに誘った時からだよ」
「どういうこと?」妹子が、状況を掴めなかった。
「僕が、この役で、アナと踊ってきた」
「じゃ、カズが、アナと踊らなきゃ」
「いや、その時から、アナと妹子が一緒に踊ることを夢見てきたんだ。僕は、ずっと、妹子の代役さ」
「……ありがとう」妹子が、少し目に涙を浮かべた。
アナとカズは、ずっと妹子が、アナと踊ることを夢見ていたのだ。
ダンス大会当日になった。
アナと妹子が、会場を見回していた。
「義助のチームも出るんだー」アナが、義助を見つけた。
「義助、上手いよー」妹子が、アナに告げた。
アナのチームの衣装は、浴衣だった。
「先妻の両親も、観に来てくれることになったから」アナが、決めた。
後妻が、メイクを終えて、登場した。
「何それ?」妹子が、後妻に突っ込んだ。
後妻が、目の上にホクロを描いていた。
「何しているの?」アナが、笑った。
「上手く踊れるためのお守りみたいなものかな」
「ウケる!」
「ハッハハハハ」
ダンス大会が、始まった。
多くの観客が、観に来てくれた。その多くが、ミューチュ経由のダウン症児者に関わる人々だった。
大会プログラムが、順調に進んで、アナのチームの出番になった。
アナ、妹子、後妻が、一緒に踊った。
「アナ、大丈夫?」妹子が、声をかけた。
アナの靴が、何度も脱げてしまったのだ。その度に、会場の笑いを誘った。
アナのチームのダンスが、終わった。
「アナ、靴、脱げ過ぎ」妹子が、笑った。
「先妻の……靴を履いてみたんだ」
「……そっか。あの笑いは、先妻からのエールだったのかな」妹子が、感無量。
表彰式が始まった。
義助のチームが、優勝した。
「こんな素晴らしい大会をありがとう」義助が、カズを含めたみんなにお礼を述べた。
アナのチームは、準優勝だった。
「ミューチュのおかげかな?」妹子が、謙遜した。
「カズがいてくれて、本当に良かった」アナが、素直にカズにお礼を述べた。
ダンス大会が終わって、アナのチームメイトが、会場の一画で、賞状とトロフィーを持って、みんなで記念撮影した。
アナが、後妻に、「ありがとう。先妻と踊っているようだった」と、そっと告げた。
「そう……良かった」後妻の目が潤んだ。
14
アナが、ミューチュに、エッセーを投稿した。
〈後妻、一生懸命踊っていた。でも、ちょっと太っているから、トドみたいだったよ。人のこと言えないか。ハッハハハハ……こんなに充実した日々が来るなんて、信じられなかった。先妻のダンスシューズは、少し大きかった。みんなには、迷惑をかけちゃった。それでも、先妻と踊りたかった。ダンス大会の課題曲は、『Together Forever』だった。後妻が、主催者に頼み込んで、決まったらしい。先妻の子守り唄みたいで、眠くなっちゃった。そろそろ、子守り唄なしで、寝てみようかな? その前に、後妻の子守り唄。みんなに支えられて、今がある〉
「アナ、良い文章、書けるようになったじゃん」カズが、アナのエッセーの感想を伝えた。
「日々精進しているのさ」アナが、照れ臭そう。
後妻も、エッセーを投稿した。
〈ダンスは、上手く踊れなかったけど、この目で、アナと妹子の踊りをしかと見た。先妻の顔が目に浮かんだ。嬉しそうに笑ってた〉
「短い文章だったけど、随分悩んじゃった。ダンス大会のビデオ、何度も見ちゃって」後妻が、父に告げた。
「それで、最近、徹夜していたんだ」
「家族のことを思ってね」
〈本当に恥ずかしいことをしてしまった。すまない。障害を受け入れることができるかどうかは、障害を身近なことと思えるかどうかにかかっている。義助に対しては、一切の偏見がない。その気持ちを社会全体に広められれば良い〉
悪田からのエッセーだった。
「嬉しいね」アナが、カズに声をかけた。
「悪田は、本当に良いやつなんだ」
「障害は、偏見なんて超越してしまっている」
〈子供を堕ろしたことがある。男の子だった。その後、体外受精で、ダウン症の長女を授かった。双子の健常の次女も一緒に。長女の中に、第一子の幻影を感じながら、子育てをした。この上もなく充実していた。少しは、償えただろうか。長女が、ベランダの柵から身を乗り出す――〉
「先妻みたい……ベランダから落ちたのが、長女になっているけど……」アナが、ミューチュの文章に、驚きを隠せなかった。まるで、先妻が書いたように感じられた。
「家族の誰かが、投稿したんじゃない? 悪い悪戯よ」妹子が、お冠。
「知らない」弟が、答えた。
結局、少なくとも、家族ではなかった。
「カズ、どういうことだろうね?」アナが、カズに相談した。
「セイムサーカムスタンス効果だね。同じ境遇の人がいて、勇気づけられる。それが、このミューチュの本領だし、奇跡ってやつだよ。本当に先妻かも知れないしね」
「……うん」
*
妹子が、息子を連れて、遊びに来た。
「お母さんを大切にしなよ」アナが、息子と遊んだ。
「これ何の絵?」息子が、聞いた。
壁には、父の未完の絵。息子の笑顔もあった。
「家族の絵だよ」父が、答えた。
「アナと妹子が、楽しく生きる姿が、お兄さんの供養になる」後妻も、朗らかに笑った。
「アナの明るさに救われた」父が、感無量。
「お父さんも、歳をとったね。あ、お父さんじゃなくて、お祖父ちゃんか」アナが、お茶目に微笑んだ。
「じいじ、長生きしてね」息子が、父の肩を揉んだ。
「する……するよ……」
息子が、先妻の仏壇の鈴を鳴らした。
*
ベランダから、女児が、落下しそうになる。
母が、手を伸ばして、一緒に落下。
母の背中が、地面に叩きつけられる。
母の胸の上で弾む、アナ。
母と子、天国に気持ちは伝わる。
了
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